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ラファエル=ランドクイストが何よりも欲しいもの、それは知識のようだ。ありとあらゆる分野に精通する彼が何故に知識が欲しいのか、それは彼が欲深い性格なのかもしれない。ともかく明確な理由がハッキリとは見えないが、ラファエルを納得させる知識を提供すれば話しを聞いてくれるらしい。
彼はプロフェッショナル故に嘘をつかない事を旺伝とトリプルディーは知っている。月寄りに早く向かいたいという焦りから出た言葉かもしれないが、とにかく彼は隙を見せたのだ。
これで若干だが話を聞いてもらえる可能性が増えた。後はどうやってラファエルの口をこじ開ける知識を披露するかが重要だ。
と言っても二人の知識を合わせた所で彼の知らない知識が出てくるとも想像出来ない。なんせ相手は魔法界きっての天才魔法使いなのだからとてもじゃないが彼を上回る知識を披露するなど無理難題である。
ともなれどうするか。答えは意外にも近くにあったのだった。
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「死節時間を生み出す厄介者目が。とっとと儂の前から消え失せり」
もはや怒った様子で、凄まじい剣幕を放っている。だがここで心が折れる程の精神力では到底ラファエルと交渉する事なぞ出来ない。旺伝は一か八かの賭けに出る事にした。それは……奴に書物の存在を教える事だった。もしも悪魔に興味を示せば話しだけでも聞いてもらえるかもしれない。そう思ったのだ。
「こいつを見てくれ。悪魔文字で書かれている書物だぞ」
これみよがしに、旺伝が背伸びして書物を披露する。だが、ラファエルは本に目もくれずひたすらに口を動かしている。
「ふん。そんな偽物を用意したところで儂の目は誤魔化せんぞ」
見てもいないのに偽物と言い放つのは、少しどうかしていると思ったがこの際だ。どうだっていい。重要なのはラファエルのご機嫌をとることなのだから。
「貴方の威厳のある眼できちんと確認してください。これは紛れもなく悪魔文字で書かれた本であります。それも江戸時代から長きにわたって保管されていた貴重な書物でございます。如何に博識な貴方と言えど、この本に関しては御存じない筈です」
トリプルディーは必死である。何とかラファエルの興味を引こうとしているのだから。
「……そうか。貴様等の狙いが分かったぞ」
目的地らしき会議室の扉の前に立った瞬間、ラファエルは立ち止まってこちらを振り返ってきた。そして首の骨をゴキリと鳴らす。
「私共の狙いをですか?」
「悪魔文字の翻訳だな」
ズバリだ。言い当てたのだ。これには旺伝も驚いて胸の奥が痛くなる。
「…………」
何も言い返せない。初めてトリプルディーの言葉が止まったのだ。このように交渉事で真意を突かれるとどうしても驚いて反応が鈍くなってしまう。特にそれが交渉事に自信のある者ならば尚更だ。
「どうやら図星の様じゃないか。まあ……無理もない。貴様等のちっぽけな脳味噌で理解できる程、悪魔文字は簡単では無い。史上最強の魔法使いである儂でさえ、悪魔文字を完全に理解するには二か月もかかったのだぞ」
そう、ラファエルの口から初めて悪魔文字が分かるという言葉が出てきたのだ。どうやて悪魔文字を理解したのかは定かではないが、この際その疑問は壺の中にでもしまったおく事にする。今、重要なのはこの書物を解読して欲しいという一点だけなのだから。
「という事は、翻訳できるのですね?」
「無論だ。ただ、貴様等の指図は一切受けん。何があろうともだ」
するとラファエルは会議室の扉を開いたと思うと、
バタン。
と、勢い良く扉をしめて会議室の中に入って行った。あまりの音に両耳を押さえてしまう旺伝だった。
「作戦失敗かよ」
「いいえ。そうではありません」
「なんでそう思うんだ?」
「彼の心を突く事が出来ましたからね。後は彼に任せましょう」
「彼?」
旺伝は色々と疑問に思うのだった。




