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ラファエルという存在が招く損害は計り知れない。ある者は精神崩壊して廃人と化し、またある者は発狂しながらビルの屋上から飛び降りたという。何故、そうなったかは不明であるがラファエルの何かしらの秘密を知って自我を保てなくなったという事だろう。とにかく、彼を取り囲む空気は疑問という二文字に尽きる。存在自体が謎で、どんな人物なのか、どこで生まれたのか、どうやって膨大な知識を脳に叩き込んだのか、その全てが謎のままだ。
分かっている事と言えば、彼はネチネチした態度で人と接し、嫌味を言ってくる最低な教師という事ぐらいだ。そんな教師に嫌われるものなら一生学校に行きたくないと不登校になっても仕方がない。実際、ラファエルに嫌われてねちっこい被害にあって不登校児になった高校生は山ほどいる。だが、同時にラファエルの嫌がらせに耐えて学校を卒業した者は、皆エリートの道を進んで勝ち組となっている。ある意味、ラファエルは縁起のいい存在としてラファエルに嫌われようと必死になる学生も多い。だが、ラファエルが嫌う者は決してそんな人間ではない。存在自体がイレギュラーで、滅多にいない珍しい人間をとことん嫌う。
そう、玖雅旺伝とトリプルディー・ラストラッシュのような人間だ。旺伝は青いサングラスをかけて髪も青く染めて、全身も青色の服に統一している。トリプルディーは金髪のモヒカンというヤンキー要素を含んでいるにも関わらず、服装はスーツにネクタイと至って真面目で、高級な眼鏡を掛けているのだ。こんな人間、滅多にいない。だからこそラファエル=ランドクイストに目をつけられて壮絶な嫌がらせを毎日のように受けていた。
その記憶がフラッシュバックされて、どうしても憂鬱な気分になってしまうのだった。
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「はあ……行きたくねえな」
本音を言うならそうだ。会いたくないに決まっている。だが、会わなければならない。何故ならそこに理由が存在しているからだ。『直接会って悪魔文字を翻訳してもらう』というたいそうな理由が。人を動かしている原動力は理由と疑問の二つであるが、まさしくその通りだ。悪魔文字という疑問と、それを翻訳してもらうという理由。その二つが相まって旺伝を突き動かす原動力となっている。
「私も同意見ですよ。なるべくならば会いたくありませんね」
「でも、会わなければいけない」
「他の方が悪魔文字を翻訳できるとなれば話しは別なのですが」
そう、悪魔文字を翻訳できる可能性があるのはラファエルという一人の男だけだ。山父にこの真実を告げられた今、従う必要がある。
「お前の社長ネットワークで何とか悪魔文字翻訳者を見つけられないのか?」
「仕事の合間に探しているのですが、どの教授も首を横に振るばかりです」
難関大学の教授ですら悪魔文字は見た事もなければ、翻訳も出来ないのだとトリプルディーは嘆いている。その悲しさが旺伝にも伝わってきた。
「マジかよ」
「ええ。大マジですから……残念です」
「どうにかならねえのか。マジで」
両肘をついて、髪の毛をクシャクシャに掻き始める旺伝だ。もはや受験に行き詰ってなすすべもなく現実逃避をしている学生のような危機感を感じてしまっている。後ろに戻る事も出来なければ、前に進む勇気もない。迫りくる約束の日に怯えるだけの恐怖生活が始まろうとしていた。
「なりませんね……こればっかりは」
「ああ。明後日だけ記憶喪失にならねえかな」
とんでもない事を言い始める旺伝だった。
「何を言っているのですか。現実逃避が凄まじい事になってますよ」
「仕方ないだろう。今の俺には現実逃避しか心を支えられない」
心技体の中で一番大切なのは紛れもなく心だ。心が折れれば、今まで培ってきた技術など全て水の泡と化す。だからこそ旺伝は心を支えようと必死に現実逃避をしているのだった。




