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ラファエルと連絡を取るという事はすなわち、二人の黒歴史が繰り返されるという事である。しかもラファエルが確実に悪魔文字を知っているという証拠もないので、途方に暮れていた。
「なんとか、あの人と接触せずに悪魔文字を翻訳する方法はありませんかね?」
トリプルディーは抱え込んで悩んでいた。こんな姿、重要な会議でも見たことが無い。いつも余裕で笑顔が絶えないのに、今回ばかりは彼の顔から笑顔が消えていた。
「よし、ナイスな方法を思いついたぞ」
旺伝はそう言った。いいアイディアが思いついたのだと。
「本当ですか。是非とも仰ってください」
トリプルディーの瞳が輝いていた。
「この本を印刷してファックスで送ればいい」
「おおおお! それは名案ですね」
トリプルディーも納得の答えだ。
「勿論、名前は伏せてな」
そう言うのだったが、ここでトリプルディーが何かを思い出したように「あ」と小声で叫んだと思うと、この世が終わり世紀末が訪れるというニュースを見たかのように、ドンヨリとした表情に変わっていた。
「ですが……我々はファックス番号を知りませんね」
「そこは社長ネットワークで何とか知らべてくれよ」
「そうですね。では、部下を何名か派遣してミスターラファエルのファックス番号を調べて貰いましょう」
「頼んだぞ」
こうして、一時的だがラファエル問題を解決した二人はヘナヘナと座り込んで、気の抜けた顔をしていた。
「心臓が止まるかと思いました」
「まったく同感だ。ある意味、悪魔より手ごわい相手だからな」
そこまでだと言うのだ。ラファエルは。
「てやんでい。あの爺さんは意外と縁起がいい人なんだぞ」
「それってどういう意味だよ?」
旺伝は青いサングラス越しに、その真意を尋ねた。
「ラファエルに嫌われた奴は大成するってモッパラの評判だぜ。そこにいる金髪兄ちゃんがいい証拠じゃないか」
山父はトリプルディーに向かって指を差していた。
「私ですか?」
「んだ。年間売上8兆円を叩きだす大企業の社長様じゃねえか」
「成程。確かに成功者だな」
納得して、首を縦に振っている。
「他にも、エルが目をつけて難癖をつけた人間はことごとく成長して組織のリーダーとなっていて莫大な富と名声を獲得してるって評判なんだぜ。逆にラファエルに好かれた奴は終わりだな。みんな闇に落ちていったらしい」
まさに天国と地獄の差だった。
「だとしても、あの精神攻撃に耐えるのは相当キツイぞ。絶対弟には味あわせたくない恐怖とも言える」
「我が人生最大の試練でした。あの人と関わりを持ったのは」
「そんな教員に頭下げて悪魔文字の翻訳を頼むことになるとはな」
「ええ。予想外ですよ」
トリプルディーですら予期していない事態だったと言うのだ。確かにそれは無理もないだろう。ラファエル自体が雲のような人物で実態もつかめないのだから。
「まあまあ要件は済んだことだし、今度こそイノシシ鍋といこうじゃないか」
「どうしましょうか。朝から肉はちょっと胃に悪いような気がしますし」
「これからも色々と仕事があるから、今日はやめておこう」
「そうか。そいつは残念だぜ。せっかく獲りたてなのに」
「またの機会にしますよ」
そう言いながら、トリプルディーは笑顔を取り戻していた。
「その時は肝心のイノシシ肉があるかどうか分からないぞ。ガハハ」
豪快に笑っている。さすが妖怪なだけあって、笑う姿も力強い。
「それではお邪魔しました」
「アドバイス、ありがとうだぜ」
「ハハッ。またいつでも寄ってくれよな!」
山父は科学的な服装の人間には容赦しないが、この二人のようにラフな格好で科学製品の類を一切持っていない人間には優しく接してくれる。それだけ文明というものが嫌いなのだ。彼は。




