066
三人は山父の家に戻って、なにやら神妙な面持ちで書物を見つめていた。
「まずはこの本……どこで手に入れたんだ?」
山父が問うてきた。旺伝とラストラッシュがアイコンタクトをして、この問いにはラストラッシュが答える事になった。
「実は自衛隊が隠し持っていたのです」
「今の自衛隊は愛想が悪いからな。隠ぺいも納得だ」
まさにそうなのだ。今の自衛隊は昔よりも愛想が悪くて高圧的な態度をとっている。まるでアメリカの警官のように威張り散らしているのだ。礼儀と作法が重要視されている日本で、このような組織は非難の的となり、「ああなってはいけません」という母親が子供に使う反面教師の例として挙げられる始末だ。
「昔は良かったそうですね」
「そうなんだよ。昔は災害救助にも一生懸命でまさしく国を守ってくれて、頼もしい奴等だった。それが今はなんだ……あの威張り散らした態度は」
山父の住んでいた山は自衛隊によって爆撃されたので、木端微塵になってしまった。それがトラウマになってきっと自衛隊の事を嫌っているのだろう。
「ちょい待てよ。自衛隊にも良い奴はいるぞ」
だが、旺伝はそう言うのだった。
「そうか……お前さんは自衛隊に命を救われたんだったな」
「命の恩人を悪く言われれば腹が立ちますよね。大変失礼いたしました」
そう言って、ラストラッシュは深くお辞儀をしていた。まるでスーパーの店員がお客様が買い物なさった際、「ありがとうございました」と美しくお礼を言うように、ラストラッシュは頭を下げているのだ。
「いやいや。別に構わないさ」
「さて、話を元に戻そうか。自衛隊がこの書物を隠し持っていた理由は?」
「それは江戸時代に発見された書物だそうで、厳重に保管されていました。恐らくはこの本を翻訳できる者が現れるまで大事に保管していたのでしょう」
「ううむ。じゃが、自衛隊がこの本を悪魔の本と見抜いたのはちと気になるな」
「そうですね。もしかすると最悪の事態も考えなければいけませんね」
「安心しろ。これ以上評価は下がらねえさ。奴等の評価は元々地に落ちているからな」
山父は相当な恨みを持っているようだ。
「で、この本を翻訳できるのか?」
「そうだな……一言で言うとワシには無理だ」
「山父様でも無理だと言うのですか!」
ラストラッシュは困惑した様子で目を大きく開けていた。
「そうワシには無理だ」
「ちょい待てよ。その言い分なら自分じゃなければ翻訳できるといいたそうだな」
旺伝の青いサングラスが鋭く光る。まさに、探偵的ひらめき力が降りてきたのだ。
「その通りだぜ。察しがいいじゃねえか」
「……さすが山父様です。友好関係も築いておられるのですね」
「そうだが、これにはちょいと問題があるのさ」
急に、山父は小声で呟いていた。まるで何か悪い事でもあるかのように。
「どうしたんだよ、急に改まったりして。今更何を言われようが驚かないぜ」
「この本を解読できる可能性のある奴といったら一人しかしらねえ。だが、ちとそいつには問題があってな」
「その者とは一体?」
二人はゴクリと生唾を飲んで、山父の答えを待った。すると、山父は出ししぶりながらも、最後には口を開いて「ハア」と溜め息を吐きながら喋り始める。
「エルだよ」
「エル?」
旺伝は疑問符を浮かべた。隣のラストラッシュも口をポカンと開けている。
「愛称じゃ分からねえか。ラファエル=ランドクイストだよ」
その言葉を聞いた二人は、同時に目を真ん丸と開けた。あのラファエルしか翻訳出来ないのだと言うのだから、困り果てたものだ。
「よりにもよって……あの頑固ジジイか」
旺伝は髪をもみくちゃにしながら、「アーアー!」と半狂乱になって発狂していた。いつも冷静沈着な旺伝がここまで取り乱す相手なのだ。ラファエル=ランドクイストという男は。
「私も昔、あの方には酷い目に遭わされましたよ」
「やっぱりな。そういうリアクションを取ると思ったよワシは」
「ちょい待てよ。本当に彼奴しかいないのかよ」
「確かに人格はアレだが……頭脳は誰よりも明晰だからよ。悪魔の文字も知ってるかもな。確実とは言えないけど」
「これは困りましたね。私はラファエル殿と仲がよろしくありませんので」
「お前も過去に何かあったようだな。実は俺もだ」
そして、旺伝とラストラッシュは互いに顔を見合わせながら同時に「ハア」と溜め息をつくのだった。




