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西日本が東日本との決別をすんなりと受け入れてから、早くも100年が経過していた。その100年で科学的進歩が潤滑に進み、今では人類が火星に到達している。そこまでの進歩があるのにも関わらず、東日本を復興出来ない理由、それは放射線の影響があった。第三次世界大戦の火中、インドが放ったギムノサリアガス核弾頭の爆発的に放射能を散布させ、東日本全体に毒素を撒き散らしたのだ。
今では多少マシになっているかもしれないが、それでも西日本でヌクヌクと育った普通の人間が暮らせる程、環境が整っている筈もない。まして文明が完全にストップした状態では、東日本の人間達は住む場所すら確保できていないであろう。そして、東日本には放射能に影響されて独自の生態系が確立され、人間は捕食者の位置から追い出されたネズミである。東日本の生態系の頂点に立っているのは現序的に悪魔と噂されているが、その根拠はなにも見当たらない。
このように戦争から100年以上経過しても東日本は多くの謎を秘めている。政府は何かを隠すように、境界線上に自衛隊を派遣して蟻一匹通さない厳戒態勢を敷いている。だが、つい最近に悪魔の侵入を許すというとんでもない失態をしており、自衛隊や政府に非難が集中していた。
そんな悪魔だったが、玖雅旺伝は後一歩のところで取り逃がし現在進行形で野放しにされているままだ。奴が何を考えているのか不明だが、とにかく身柄を確保して情報を聞きださないことには何も始まらない。そう思っている旺伝だった。
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「自衛隊が悪魔の書物を隠し持っているだって?」
旺伝は目を大きく開いて、口をポカンと開けていた。
「政府が良くない秘密を隠しているのは定番でしょう」
ラストラッシュは眼鏡をクィと上げながら、そうだと言うのだった。
「一体全体、どうやって自衛隊はその書物を回収したんだ?」
「海に打ち上げられた不可解な変死体。それが悪魔の書物を持っていたそうです」
「変死体か」
「悪魔から書物を奪い、返り討ちにされた人間か、はたまた悪魔そのもなのか。その真意は不明ですが、とにかくその死体が持っていたそうですよ」
さすがの情報量だと旺伝は素直に感心していた。ラストラッシュは口に出さないだけで、多くの知識を頭の中に入れこんでいるのだと、同時に確信する。
「死体を調べなかったのか?」
「腐敗が進んで、調べられなかったそうです。それに、そんな技術は存在しない」
「死体を調べるなんて100年前の技術力でも出来るだろう」
「いいえ、この書物はそんなに新しい物ではありません。大昔、江戸時代中期に発見された代物なのですから」
そう言うと、机の上に一冊の古い本が差し出されていた。それは古びた赤い本で、中央には難解な文字がビッシリと埋まっていた。一見カタカナのようにも見えるが、それにしては記号的で、また暗号的でもあった。
「まさか、これが」
「そう。悪魔の書物ですよ」
「なんで、お前が持っているんだ?」
震える声で、問うた。
「貴方がクロウさんと戦っている間、自衛隊の東京都支部に行って参りました。そこにいた責任者は中々首を縦に振りませんでしたがね」
少々、強引な手を使ったというのだ。さすが公式に認められた盗賊である。
「江戸時代にも悪魔はいたってことか?」
「ええ。放射能の影響で生まれたという概念は根本的に覆られそうですね」
そう、江戸時代にはそもそも放射能なんて存在しないのだから、放射能で人間が変貌した姿という見解は間違いであると、これで証明される。だが、
「まるで読めんぞ」
ページをいくらかペラペラとめくったが、意味不明な文字が淡々と書かれていて、何が何やら分からない。
「私も多種多様な言語を嗜みますが、これは見た事ありませんね」
ラストラッシュもそうだと言うのだ。
「これが悪魔の書物だと認めるのは無理だぞ」
「だからこそ、この書物を解読できる者が現れるまで政府は守り続けてきたのですよ。政府がまだ、『おかみ』と言われていた江戸時代からね」
とても重要な歴史的書物であることには変わりないようだ。
「くそ。ここにヒントがあるかもしれないのに」
「私はこの本を山父様に見せようと思います」
「成程、困ったときの山父様か」
旺伝はそうだと言うのだった。




