061
また逃がしたという事実が旺伝の背中に重くのしかかっていた。先程の先頭はハードシップの威力不足でもない。紛れも無く己の責任だった。不甲斐ないばかりに、またしても奴を取り逃がしてしまったのだ。
「はあ……」
深夜の社長室で、旺伝はすっかり肩を落として落ち込んでいた。心なしか、一気に老けた感じはするが、鏡で見ても見た目は変わっていなかった。変身すれば歳を重ねるというペナリティは健在だ。どの程度老化が侵攻しているのか分からないが、目に見えないだけで着実に老いは侵攻しているのだろう。現状は、精神安定剤を飲んでも老化の完全な治療はできず、侵攻を遅らせるだけだ。まさに、一寸先は闇である。
「落ち込まないでください。誰にでもミスはありますよ」
ラストラッシュはハーブティを淹れて旺伝に差し出して来た。旺伝はありがたくハーブティーを飲もうとグラスを持ったが、どうしても口につけることが出来ない。今は喉に何も通らない状態だった。
「奴を倒すには俺の技術が足りないようだ。クロウのように何か技でもあれば、話は別なのに」
せめて、奴のように飛べる方法が見つかれば話しは別なのだが、そうはいかない。羽でも生えない限り、それは無理な相談でしかない。
「技を習得しようにも、変身して修行をするのは出来ませんからね」
「そうだ。下手に変身をすると老化を進めるだけだ。それは防がないと」
人は誰しも老化イコール死という方程式が成り立っている。老いが進めばそれだけ死ぬ確率が増えるのだから。それは誰にも変えられない、紛れもなく真実だった。
「どうやら、より東日本の悪魔を研究する必要がありますね」
「どうやって研究する?」
「書物です。自衛隊が悪魔に関する書物を隠し持っていると判明いたしました」
ラストラッシュは、唐突に言い始めた。
「自衛隊だと?」
「そうです。彼らは誰よりも東日本の情報に詳しいので不思議は話ではありません」
「自衛隊がその書物を隠し持っているという証拠はどこから見つけた?」
旺伝の脳内には疑問が浮かんでいた。何故、この男がそんな特ダネ情報を知っているのだと。
「社長ネットワークですよ」
「恐ろしいな。そいつは」
「会社というのは膨大な情報から成り立つ組織ですからね。その長は頭の中にあらとあらゆる最先端情報を叩き込む必要があります。たとえそれが不要かもしれない事でも脳内にインプットするのですよ。だから、疑問を感じれば社長に訊けば何とかなります」
ラストラッシュは他の社長に情報を聞いたというのだ。
「やっぱりそこらの20代より有能な奴だな」
「いいえ、真に有能な人物は20代の中に埋まっていますよ。発見されないだけで」
誰しも社長として才能を開花させるチャンスがあるというのだ。確かにラストラッシュの言う通りである。誰でも最初は初心者なのだからチャンスは平等に与えられている。そのチャンスをどうやって掴み取るのかは自分自身で試行錯誤しなければいけないが。
「最初会った時は不気味な野郎だと思っていたが、実際はそうでもないな」
「はい皆そういいますよ。案外真面目なんだねと」
猪突猛進な特攻野郎が会社の代表になれば瞬く間に倒産してしまう。だから、ある程度の真面目さと勤勉さが必要である。
「それにしても、お前とは以前にどっかで会った覚えが有るな?」
「あの時ではなくて、その以前から?」
「ああ。一目見てそう思った」
不思議な感覚だが、そう思ったのだ。
「成程……奇遇ですね。私も一緒ですよ」
「ちょい待てよ。ラストラッシュもそうだったのか」
「玖雅さんと出会った時、既視感のようなものに襲われました。この人とはどこかで会ったことがあると、しかも同じ場所で」
「もしかすると、先祖か?」
「先祖の血が、我々の血脈を鼓動させていると?」
「そう考えるのが無難だな。俺達は生まれた以上、必ず、先祖はいるのだから」
旺伝はそうだと言うのだった。




