059
悪魔同士の戦いは人間の常識的スピードを遥かに上回っていた。それでいて一撃も重く、強さと重さを兼ね備えているのだ。旺伝は「自分が悪魔に変身すればこの戦いは少なくとも互角の勝負が出来るだろう」と考えていたのだが、それは不確かな希望的観測という事であると理解するのには、そう時間もかからなかった
先にクロウが数手先を読んで、攻撃をしかけてくる。上空から放たれる鋭利な棘に当たらないよう、旺伝は躱す事に必死だ。とてもじゃないが攻撃をやり返す暇も無かった。奴の挑発に乗ったのはいいが、いざ攻撃するとなると多大な労力を費やす。
このままでは、なすすべもなくヤラレてしまう。それだけは避けねばなるまいと、旺伝は打開策を見出すために脳内をフル回転させた。なんせこの変身能力とは短い付き合いなので、自分がどんな技を繰り出せるのかする分かっていない状態だ。もしも奴のように何かしらの技があれば形勢を逆転する一手になるかもしれない。
「やり返す事も出来ないのか。それじゃ面白みに欠けるぞ」
クロウは上空から棘を放つだけで高みの見物をしている。こちとら必死に動き回って攻撃を回避するだけで精一杯というのに。
「……こうなったら」
速くも奥の手を使おうと旺伝はホルスターに手を当てた。しかし、寸前のところでハッを我に返ってホルスターから手をどけた。もしもハードシップの弾丸が奴に効かなければ更なる絶望に襲われる。それは精神的にも辛い事というのは分かっているので、まだ使わない。本当に手の内が無くなった時、最後のジョーカーとして使用するのが一番ベストな方法だ。しかも、東日本の悪魔に対して最先端技術の結晶が通用するのかどうかも疑問点である。ラストラッシュには悪いが、博打として使わざる終えない。
「なんだね。何か奥の手でも隠しているのか?」
図星だった。が、
「あったとしても言う訳ないだろう」
旺伝はそう吐き捨てた。
「そりゃそうだ。自分の口から手の内を明かすバカはいない」
「そんな生き物がいてたまるか」
そう、自然界で早々と自分の手の内をさらせば死が待っている。なので旺伝は理解できなかった。自分の手の内を明かそうとする意味合い自体も。
「だろうな」
いつのまにやら、針による攻撃はより激しさを増していた。絶えず頭上から降り注ぐ刺々しい粒の数は、まるで雨そのものだ。範囲が広くなって躱すことも容易ではなくなった。次第に肩や膝という箇所に当たって、旺伝は小さな悲鳴を上げる。
「くっ!」
棘に当たった瞬間、頭が回らなくなってきた。フラフラと千鳥足になって駄目と分かっていても苦痛によって座り込む。
「とっくに理解していると思うが、それは毒針だ。通常の人間ならば1分で死に至らせる猛毒だが、悪魔相手には精々動きを止めるだけの効果しかない」
悪魔には毒の耐性もあるというのだ。もしも旺伝が生身の人間でこの毒を
受けていたらと想像するだけで酷である。
「そんな効果があったとはな」
奴の言った通り、立つことが出来ない。これでは完全無防備の状態だ。
「だから言っただろう。手の内はさらさないって」
「そうか。これが狙いだったのか」
「その通りだ。毒で玖雅君の動きを止め、こいつで止めを刺す」
クロウの片手には大きな槍が握られていた。さっきまでの棘が可愛い小動物に思える程、その槍は鋭利な形をしていた。
「どうやら……本格的にヤバい状況らしいな」
「だが安心したまえ。君を生きたまま主人の元に送り届けるというのが命令だ。この槍で心臓を突き刺し、人間としての活動機能を停止させてやるだけだ」
「殺されるのと一緒じゃねえか」
「それは価値観によるだろう。人として死ぬか、悪魔として死ぬか、その二択だ」
「っち、こうなったら奥の手を使わざる終えないか」
聞こえるか、聞こえないかぐらいの声で呟いた。
「まあ、どちらにせよ。玖雅君の生命活動は直に終焉を迎える。俺が選択を与えるまでもない」
「そんなつもりはねえな。むしろ、自分の心配をしたらどうだ?」
「なんだと?」
「俺も奥の手を使わさせてもらうぞ」
そう言って、旺伝はホルスターに手を当てたのだった。




