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しかし、敵対者と同じ席で寿司を食べるというのは如何せん納得がいかない。いつ、この男の気が変わって襲ってくるのか分からないのだ。そういう意味では旺伝も集中を途切れさせずに寿司を食べる必要がある。
既に闘いは始まっていると言っても過言ではない。相手の出方を見て、心理を読み取る。これはただの食事ではなく、まさに大自然での食事そのものだ。いつ敵が現れるか分からない中でのギリギリの食事だ。
「お二人は何を食べたのかな?」
「色々だ。この野郎が」
旺伝は低い声で呟いた。
「では、俺も色々と頂こう」
男は回転寿司のマナーを最低限知っているらしく、ちゃんとベルトコンベアから流れてくる寿司を取っていた。若い頃はそうじゃなくても、歳を取ってくると回転寿司から流れるちょっと古めの寿司にときめきを覚えるものだ。その感覚をどうやらこの男は持ってるらしい。
「ふん。休戦は今だけだぞ」
そう言って、旺伝は麻酔銃をホルスターにしまった。クルクルと西部劇のガンマンのように回してホルスターに入れこむスタイルなのだが、これは旺伝の癖になっている。
「そうだよ旺伝君。君の悪い所は頭に血が上りやすいところにある」
「何だよ。俺の全てを知ってるかのような口ぶりだな」
「少なくとも、今日でそれが分かった」
寿司屋では最近流行りのアニソンが流れていた。幼児向けのアニメだが、大人にも向けて爆発的にヒットしているのだ。そんなアニソンをBGMにして、この三人はなんと血なまぐさい会話をしているのだろうか。
「そうかよ。悪かったな」
普段は冷静な旺伝だが、ひとたび事件に巻き込まれると熱血漢に変貌する。
「ところで、貴方は何故魔法学校の地下にいたのですか?」
「その話は後だ。拳を交えながらゆっくり話すことにしようじゃないか」
「それもそうですね」
「ちょい待て。それでいいのかよ」
「玖雅君。食事中に闘いを持ち込んではいけません」
「そうだよ。大人しく寿司を食べようじゃないか……お互い、最後の晩餐になるかもしれないのだから」
そう言いながら、男は不敵な笑みを浮かべていた。
「まだ名前を聞いていなかったな」
「俺の名前かね?」
「そうだ」
「クロウだ。覚えやすいだろう?」
「鳥?」
「おっと。ネタバレになるからそれ以上は言わないでくれ。楽しみは闘いにとっておくとしようじゃないか。なあ?」
そう言いながら、クロウはお口にチャックをしてきた。
「それにしても、まさか敵の御前と一緒に飯を食うとは夢にも思わなかった」
「俺もだよ。てっきり襲われるとばかり思っていたのだが、ここにルールを重んじる男がいて助かったよ」
クロウはラストラッシュの目をみて話していた。
「ルールを守って闘うのが本当の闘いです。ルール違反は好みではありません」
「奇遇だな。俺もそう思っていながら生きてきた」
「ルールとは無縁の東日本で?」
東日本は当然ながら無法地帯だ。虐殺、強姦、人さらい、拷問、なんでもござれだ。そんな場所でこの男はルールを守って生きていたという。
「ルールは誰が作る?」
「人です」
「違う。ルールを作るのは自然だ」
自然だと言うのだ。
「そうですか」
「東日本は文明が止まっている。むしろ退化したと言ってもいい程だ。文明が司る西日本とは違い、東日本では自然が司っている」
「成程。貴方は自然のルールを特に重んじていると」
「この寿司だってそうだ。自然の荒波に揉まれて、今こうして俺達の目の前にいる。これも自然のルールだ」
「ルールを大切にする人は好きですよ。立場上ね」
ラストラッシュはそう言うのだった。




