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玖雅旺伝とトリプルディー・ラストラッシュの二人は美味しそうに寿司を食べていた。やはり二人とも若者なだけあってどんどんと寿司を腹の中に溜めこんでいる。若い人間の胃は消化も早くも丈夫なのだ。
「私は納豆も好きです」
そう言いながら、ラストラッシュは流れてくる納豆巻きを掴んでいた。
「納豆か……俺は苦手だな」
サーモンとは違い、納豆嫌いの若者は多い。この旺伝のように。
「健康にもいいのですよ」
「いや健康にいいつったって」
外見もそうだが旺伝は特に臭いが嫌いだった。異臭を放つ食べ物を食べ物として受け入れられないのだ。
「美味しいのに」
ガブリとだ。ガブリと納豆巻きをかじっていた。
「美味しいのかもしれないけどさ。俺はあの臭いが駄目なんだ」
「最近は臭いのしない納豆も存在していますよ」
そう言いながら、ラストラッシュが納豆巻きを旺伝に勧めてきた。しかし、いくら言われても嫌いな物が急に好きになる訳がない。旺伝は手を横に振って「絶対にいらない」とアピールをする。
「いいや、俺は大丈夫だ」
「そうですか。こんなに美味しいのに」
ラストラッシュは旺伝の納豆巻きもペロリと食べた。もう70皿は余裕で超えているので金額的にも結構いってそうだ。そのあたりは心配ないが、ラストラッシュの胃袋は平気なのかと、その点が気になっていた。あんな華奢な体をして重い荷物を持てない野郎が、どこにこんな寿司を食べる食欲があるのだと不安になる程に。
「俺は魚ネタで十分だ」
旺伝は流れてくる皿に目線を映した。すると、アオリイカの寿司が流れてくるではないか。イカが大好物の旺伝はすぐさま手を伸ばして皿を掴み取る。
「ほう……イカですか」
眼鏡をクィッと上げて興味深そうにこちらを見ている。
「大好きなのさ。こいつは」
旺伝のイカ好きは限度を超えている。アタリメは勿論の事、刺身も大好物だ。給料が入ると大量に購入してパクパクと口にしていた。
「どこが好きなのでしょうか?」
「やっぱり歯ごたえだよな。噛めば噛むほど美味しいって奴だ」
「成程、触感ですか」
「ああ。頂きます」
醤油をちょろっとつけて食べるのが旺伝の主流だ。あくまでもメインは食材の旨味であって、醤油ではないのだから。
「どうですか?」
ラストラッシュが顔を覗かせて尋ねてきた。
「最高だ。天にも昇るとはまさにこのこと」
すると、旺伝は急に寒気を感じて身震いをした。クーラーがかかり過ぎかと思ったがそうではないようだ。旺伝よりも細身で軽装なラストラッシュが快適そうに寿司をありついているのだから。ではこの奇妙な感覚は何なのか、その答えは意外にも一瞬で判明した。
「うむ。やはり西日本の飯は最高だな」
「!」
旺伝はホルスターから銃を抜いて構えた。なんと、いつの間にやら東日本の悪魔が隣に座っていて寿司を食べているではないか。間違いなく、花火大会の場に現れた奴だ。
「貴方は!」
ラストラッシュも驚いた様子で、食べようとしていた寿司をこぼして皿の上に落とした。
「どうも、お二人さん。お久しぶり」
東日本の悪魔は笑顔を振りまいていた。
「てめえ。なんでこんなところに!」
「寿司屋に来る理由は一つだろう。腹を満たす事だ」
「偶然とは思えませんね。旺伝君を狙って来たのでは?」
「そうだな。それもある」
旺伝とは違って、この男は冷静だ。
「てめえには聞きたい事が山ほどある」
「よしてくれ。今は食事中だぞ」
「しったことか!」
旺伝は声を荒げるのだが、ラストラッシュは違っていた。ラストラッシュにとっても東日本の悪魔は敵対関係である筈なのに、この時ばかりは東日本の悪魔と結託しているような雰囲気を醸し出している。
「旺伝さん、静かにしてください」
「なんでだよ。千載一遇のチャンスだろうが」
「ここは回転寿司屋という神聖な場所です。争いは御法度」
「そうだぞ少年よ。飯を食べる場所で戦うことは断じてあってはならない」
どうやら、旺伝のマナーが悪くてラストラッシュも結託して注意しているようだ。
「ちょい待て。それじゃまさか」
「だから言ったじゃないか。ここには飯を食うために来たってな」
悪魔はモグモグと口を動かしていた。
「それだけとは考えにくいですが」
ラストラッシュはお茶を飲みながら小さく呟いていた。




