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こうして、旺伝は東日本の悪魔の出現を待つことにした。現状ではそれが一番得策だと判断したからだ。これで、常に警戒を怠ることをなく日々の日常を過ごす事が必要だ。
この日、旺伝とラストラッシュは近くの回転寿司屋に来ていた。ラストラッシュは大企業の社長でありながらも衣食住は質素を極めているのでカウンターの寿司屋には会社絡みでしか言ったことがないとまで発言していた。
このように大成功を収めた者は、その有り余る大金とは裏腹な生活を送っている者が大勢いる。ヒトラーやビスマルクなどの歴史的有名人も質素だったそうだ。
「回転寿司か」
しかし、旺伝はどちらかと言うとお金を持っていれば使ってしまうタイプなので、回転寿司屋よりもカウンターの寿司屋に行きたかった。
「何か不満事でもあるのですか?」
そんな旺伝の気持ちを読み取られたかのようにラストラッシュが口にしていた。
「嫌、何でもねえよ」
こうして旺伝とラストラッシュは席に座った。当たり前だが、寿司がベルトコンベアに乗って流れている。こうやって西日本の海で獲れた魚が流れているのは奇跡に近い。本当は魚が絶滅しそうになりかけた重大事件が起きたのだが、その事件を何とか解決して現在に至る。
「こうして、魚を食べられるだけで私達は幸せなのですよ」
「あんまり食事中に話したくないが、昔色々とあったそうだな」
日本のみならず世界中で起きた事件だ。
「21世紀の半ばの第3次世界大戦による影響で原子力発電所が爆発炎上。海に大量の放射能がバラ撒かれました」
だから、旺伝は食事中には話したくないと思っていた。特に放射能関連の会話は今の旺伝にとって耳が痛くなる話しでもある。
「当然だが、東日本の海はイカレちまったようだな」
旧東京都に核弾頭が投下された影響で東日本に灰の雨が降り注いだ。当然ながら、海も汚染されてしまったのだ。東日本で生息している魚はまるで深海魚のようにグロテスクな見た目をしていて放射能に耐性を持っている。そんな魚が食べられる筈もない。
「ええ。見事に放射能漬けされていますね」
「西日本は魚介類絶滅の危惧を逃れたから良かったものの……向こう側は魚も満足に食べられやしないんだろうな。ただでさえ食糧不足で虐殺が行われているのに」
旺伝はその目でハッキリと見ていた。パン一つで始まる虐殺の瞬間を。それは旺伝が覚えている東日本での数少ない記憶の欠片。
「だからこそ、我々は幸せ者なのです。今の話しで、回転寿司で十分だと分かったことでしょう」
しかし、どうせ食べるのなら美味しい方がいいと旺伝は思っていた。だが、旺伝は弟とは違って理性を持っているので、それは言わない事にした。
「そうだな」
旺伝はマグロの中トロを手に取り、醤油をつけて口に入れた。この日はマグロ全品100円均一祭を行っているので中トロもたったの100円で食べられるのだ。
「早速マグロですか。私はサーモンを頂きましょう」
「サーモンもいいよな」
サーモンは若者に大人気の寿司ネタだ。サーモンが嫌いな若者は滅多にいない。二人は精神力的に言えば十分に大人なのだが、年齢で言えばまだまだ若者だ。サーモンの魅力に勝てるはずもない。このように笑顔を見せながら、夢中で頬張って食べるのだ。
「私が出会った人物で、サーモンが嫌いな人はいません」
「だよな。口に入れた瞬間に溶けてなくなる、あの感覚がたまらない」
「ま、サーモンばかり食べるのもツマラナイので他のネタも頂きましょう」
そう言いながら、ラストラッシュは次々と寿司を手に取って口に入れて行った。次第にその数は宇宙の膨張のように広がっていき、あっという間に50皿を到達した。こんなにスマートでモデル体型のラストラッシュなのだが、意外と大食いのようだ。




