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玖雅旺伝とトリプルディー・ラストラッシュの二人は再びハプスブルグ研究所の地に降り立った。研究所は深夜という事もあってすっかり静まり返っている。聞こえてくるのは恢飢が檻を揺らす音ぐらいだ。どうやら研究員たちはお休みのようだ。
「やけに静かだな」
「徹夜で仕事をしてもメリットは皆無ですからね。0時を過ぎると作業の手を止めて寝るように指示しているのです。もっともここの所長だけは例外のようですが」
「そう言えば、朝来た時に徹夜してたって言ってたな」
天才は夜型が多い。逆に努力家は朝方が多い。
「彼女はまだ子供ですからね」
ハプスブルグ研究所の所長はルリバカス・オカーニャという名前で、見た目から判断すると10代前半ぐらいなのだ。その頃の旺伝は中学校の窓際の席でポカンと体育の授業を見つめていた。もはやその程度の記憶しか残っていないのだ。
「なんでまた子供なんかが所長を?」
ずっと気になっていた事をズバリ尋ねた。
「私共はダイバーシティ・マネジメントを積極的に活用しているので」
「なんだよ、そのダイバーシティってのは?」
聞きなれない単語に、思わず首を捻った。
「簡単に説明するならば、様々な価値観や発想を持った人材を年齢、性別、国籍を問わずに活用する事ですね」
それがダイバーシティだと言うのだ。
「だからお前の会社はガキも働いてるのか」
今日の朝、遅刻しそうになって階段を降りている最中に柔らかい肉とぶつかった。その子こそまだ小学生程度の少女だった。
「はい。私共の会社は優秀な人材ならばたとえ赤ちゃんでも雇いますよ」
「新卒の赤ちゃんなんて何処にいるんだよ……」
「それは例え話ですよ」
「ああ、分かってるさ」
旺伝はそうだと言うのだった。
「画期的なアイディアを生み出すのは、時に子供の場合もありますからね」
「あんな少女が月に50万円近く貰ってるのか」
そう考えると、なんだか尊敬してしまう。きっと彼女はあの歳で有名な難関大学を卒業して今に至るのだろう。
「そうですね。彼女は貴方と同じく新人社員なので」
「さすが大企業だな。新人にも破格の給料を渡してくれる」
クライノート社は世界中に名を轟かせている会社だ。それ故に就職倍率は高い。今ではクライノートに就職する事を夢見て難関大学に受験する高校生が増えたほどに。そんな会社にひょんなことから就職した旺伝は実に勿体ないのだ。約束の三か月で仕事を止めるなど。
「自慢になるので、あまり言いたくないのですが……儲かっていますからね」
よかれと思って残業していると上司から『早く帰れ』と注意されるのはクライノート社ぐらいだろう。その他、各種の保険も充実しており、退職金も幹部ならば億越えとも噂されている程の黒字会社だ。
「その運営力には脱帽するよ」
たとえ、人の物を盗む悪党だとしても、たかが数年でここまで会社を成長させた経営手腕を称賛していた。
「いえいえ。皆さんが頑張ってくれたおかげですよ」
「そうだな。部下がいないと社長は務まらないからな」
「はい。部下あってこの社長です」
ラストラッシュはそうだと言うのだった。




