049
二人が研究室内部を捜索すると、早速奇妙な物を床で発見した。それはこの地下には似つかわしくない黒い羽根だった。
「なんだこれ?」
旺伝は中腰の姿勢になって、その黒い羽根を持ち上げた。カラスの羽に見えるが、それにしては大きすぎる。旺伝の手をはみ出す程の大きさがあるのだ。
「お、何か見つけましたか?」
興味津々な様子でラストラッシュが近づいてくる。そんなラストラッシュに黒い羽根を手渡しした。
「ほらよ」
「おっと」
フラフラと揺れる黒い羽根に手を伸ばし、寸前のところで掴んでいた。そして、ラストラッシュはその羽根を注意深く観察していた。旺伝が見ていなかった羽根の裏や隅々の場所まで。
「これは……黒い羽根ですね」
しかし、長々と熟考したわりには普通の言葉が返ってきた。あまりに普通過ぎたので全身の力が抜けてしまう。
「ちょい待て。えらく無難な答えだな」
「特におかしな場所は見受けられませんね」
「だが、こいつはどう考えたって怪しいぞ。地下に鳥なんている筈がないし、これは最近外部から侵入してきた者が持ち込んできたのだろう」
それが旺伝の考え出した結論だ。この黒い羽根は自分達とは違う別の侵入者が持ち込んできた物なのだと。
「確かに、それが一番の答えですね」
ラストラッシュも認めていた。
「しかしこの大きさの羽根は見たことが無いぞ。とても通常の動物とは考えにくい」
「では、恢飢が侵入したのでしょうか」
「まさか! 山羊でもあるまいし研究資料を食うために来たってのか?」
旺伝は机の上の破られた研究資料に指差した。
「今ここで結論は出せませんね」
「……そうだな。全て憶測に過ぎん」
二人は冷静になって頭を冷やしていた。この黒い羽根は人生で一度だって見た事のない代物なので、考えただけじゃ答えには至らない。何か、確証にいたる証拠さえあればいいのだがと、旺伝は唸っている。
「これは、どうでしょうか?」
すると、旺伝が指一本を立てて何か良い案を思いついたとばかりにドヤ顔を披露しているではないか。
「何か分かったのか?」
「ハプスブルグ研究所で詳しく調べてみるのは如何でしょうか?」
「名案だな。グッドセンス!」
旺伝はセンスのない物にはナンセンスと言ってクレームをつけるが、センスのある物に対してはグッドセンスと言って称賛する。要するに、ただ五月蠅いだけの人間ではないのだ。
「では、早速ですが持ち帰りましょう」
「この研究室はどうする?」
旺伝は当たり前かのように尋ねた。しかし、ラストラッシュはこちらに振り返って渋い顔をしている。何か訊いてはイケないことを訊いてしまったのかと一瞬不思議に感じたが、直に答えは返ってきた。
「放っておきなさい」
「なんでだよ。魔法学校が隠ぺいしている研究室だぞ?」
「本来、ここは私達が来てはいけない場所だったかもしれません」
「どういう意味だよ。それ?」
● ●
急に背筋が寒くなった。旺伝に霊感はないがまるで幽霊に睨まれたかのような感覚に陥ったのだ。しかし、ここには旺伝とラストラッシュ以外ここにはいない。強いて言うのなら、ビーカーに詰められた半漁人ぐらいか。
「ようやく、貴方も感じましたか」
「なんだこの異様な雰囲気は?」
誰かに見られているような感じがする。それも旺伝とラストラッシュだけでは対処不能だと思わせる異質な物の目に。
「だから言ったでしょう。詮索はもうお終いです」
あのラストラッシュですら顔に恐怖を浮かべている。この目線の正体を知っているのかどうかは不明だが、とにかく混乱している様子だ。
「そうだな……。これ以上夜更かしすると母ちゃんに怒られそうだ」
それは、旺伝がなんとか喉から絞り上げたジョークだった。
「走りますよ」
こうして、二人は全速力でA校舎の階段を駆け上がり、屋上で待機している筈位のヘリに向かって歩を進めていた。その間にも誰かに視られているような感覚は収まらず、むしろ目が追ってきているのではないかという錯覚に陥った。二人共が謎の視線に畏怖の念を感じてしまい、何もないところで不用意に転ぶ。
「くそ……なんだってんだ!」
動悸で息が苦しい。
「大丈夫ですか? 出口はもう少しですよ」
ラストラッシュに手を引かれるまま、旺伝は屋上の扉を開けた。すると、社員の一人がスナイパーライフルを使って応戦している現場に遭遇したのだ。彼は額に血管を浮かばせて必死に銃を撃っているではないか。
「山下さん。ここは大丈夫です。退きましょう」
ラストラッシュはそう言いながら、ヘリに乗り込んだ。旺伝もその後に続いて、後部座席に座った。その瞬間に尋常じゃない汗が噴き出てしまう。
「分かりました社長!」
山下と言われた男は最後に一発弾丸を発射した後、急いで操縦席に乗り込んでヘリを浮上させた。このままでは帰路の道のりだけで正体がバレてしまうので、ヘリに搭載されている装置で光学的にヘリを透明化させた。無論、これもクライノート社が開発した代物だ。
「なんだよ……便利な物があるじゃんか」
「今は22世紀ですよ。これぐらいは出来て当たり前です」
「お取り込み中申し訳ありません。このまま社に帰宅しますか?」
山下の声がスピーカーから聞こえてきた。
「いいえ、ハプスブルグ研究所に向かってください」
「か、かしこまりました」
山下が首を捻ったかのような声を出すと、ヘリは進路を変えてハプスブルグ研究所へと向かっていた。
「やれやれ。とんだ不幸事に巻き込まれたぜ」
額に溜まった汗をハンカチで拭きながら呟いた。
「お疲れ様でした」
隣からは労いの声が聞こえてくる。
「それで、てめえはあの目線の正体を知っていたか?」
「いいえ存じません。しかし」
「しかし?」
「あれは次元を超越した何かですよ」
常識すら越えた何者かが、あの場にいたというのだ。もしくは何処からか見ていたか。
「まさか。そんな奴がいるとでも?」
「地球は広いですからね」
ラストラッシュはそうだと言うのだった。




