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クライノート社は様々な兵器開発や魔法道具開発として有名だ。何も、庶民向けの商品ばかりを売りさばいている訳ではない。こういった便利グッズも開発の的になっている。やはり消費者という者は便利や家計に優しいという言葉に弱い。その弱みに付け込むという訳ではないが、やはりどの時代にも内容よりも安さを求める人は必ずいる。そういう人のために格安商品を開発しているのがクライノート社だ。兵器も魔法道具も全て格安で売っているため、わずか数年間で世界一の大企業と呼べるようになった。
「これが自動で光を発生させる装置です」
しかし、この場合は新商品の類では無かった。旺伝が渡されたのは普通の懐中電灯なのだ。ポケットサイズなのはありがたいが、こんな物何処にでも売っている。何が自動で光を発生させる装置なのだと思いながらも、スイッチを押した。
「なんだよ、普通の懐中電灯じゃねえか」
いくら魔法で補える世界とは言え、魔法が使えない人も大勢いる。その人がいるために懐中電灯は二百年以上現役だ。
「貴方は魔法が使えないでしょう。そのために用意しました」
光に照らされてすっかり回復したようで、ラストラッシュはケロリとした顔で立ち上がった。さっきまでのグロッキーな男は何処に行ったのやら。目の前には再び微笑みの貴公子がいるではないか。
「まったく、こんな物久しぶりに使うぜ」
そう言いながら、ゆっくりと歩きながら地下を目指す。その間はやはり会話が必要だ。二人はまだ会ったばかりなので友人とも言えない。今のところは社長と秘書という立場なのだ。だから、どうしてもコミュニケーションが必要になってくる。
「いいでしょう。それ」
ラストラッシュは懐中電灯に指を差してきた。
「まあ……そうだな」
魔法で光を出す方が遥かに便利なのだがと思っていたが、自分は魔法が使えないのでその言葉を口に出すのは不可能だった。
「実は50円で買えます」
「50円!」
金に困っている旺伝なりの反応だ。安い物には目が無く、今では格安の服でそれなりにオシャレをしている程だ。だからこそ安い物には飛びついてしまう。たとえ用途に困りそうな懐中電灯でもだ。目を見開いて、少年のように懐中電灯を見回す。
「ええ、お安いでしょう」
「借金奴隷の俺ですらポケットマネーで買えるぞ!」
喜びが隠せない。安いと聞くと、ついテンションが上がってしまうのだ。やはり貧乏は貧乏なりの楽しみがある。快楽数値で言えば、金持ちと何ら変わりないのだ。だからこそ金持ちと貧乏はイコールで繋がっている。
「庶民の皆様にお安い商品を提供するのが私共の使命ですので」
「素晴らしいな。見直したぞ」
庶民の財布に優しい商品を提供するラストラッシュを始めて尊敬することができた。それほどまでに今は安い物に飢えている。会社で生活していれば何不自由なく暮らしていけるのだが、オプション品は別だ。会社には必要最低限の物しか置いていないので、ゲーム、漫画、小説の類は一切ない。自分で買う必要があるのだ。よって、旺伝は貧乏なりにも金を溜めて好きな娯楽商品を買っているのだ。
「旺伝君が好きな小説も我が社はご用意しております」
「本当か!」
目を大きく開けて、口角も上げた。
「はい。当社オリジナル小説ですのでお安く提供できますよ」
そうだと言うのだ。プライベートブランドだからこその安さだと。
「今度クライノートのデパートに寄った時買わせてもらう」
即決だった。今の旺伝は活字に飢えているので、喉から手が出る程、小説を読み漁りたくて溜まらなかった。
「我が社では小説家も募集しています。勿論、雇用は正社員ですのでいくらヒットしようがしまいが印税は私共の会社に送られますが」
その代り、安定した収入を得られるというのだ。クライノート社は世界中から優秀な人材を求めている大企業。本来ならば新卒を中心に雇うのだが、小説家は特別に既卒でも許されている。アイディアを生み出す能力は学歴によって決まる訳では無いとクライノート社は知っているからだ。
「お前の会社が儲かる理由が分かったきたよ」
旺伝はそうだと言うのだった。無論、二人は金色の全身タイツを着て会話をしている。もしもこれが昼間ならばとっくに御用になっているだろう。




