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二人は一旦クライノート社に戻っていた。昼間という事もありながら、ラストラッシュの仕事も立て込んでいたため、時間が取れる深夜に行動を開始しようという結論に至った。そして、現在時刻は日付が変わって1時13分。辺りは真っ暗闇に包まれているが、一歩外に出れば蒸し暑い温度が体を襲う。今の季節は夏本番のため夜になっても、冷える事は一切ないのだ。それに眠気も相まって本当に集中できるのかと心配になる程だった。
しかし、目の前のラストラッシュは睡眠時間1時間30分というにも関わらず元気そうな様子でいた。それに何だか楽しそうに鼻歌を唄いながらクローゼットを散策しているではないか。これは嫌な予感しかしない。かつてラストラッシュはあそこから虫捕り用の短パンTシャツを出して来たのだ。どこからどうみても小学生が着るような服だったので、恥ずかしさ満点だった。もしかすると、またそのような服を出さないかと心配になったしまう
「おい、ラストラッシュ。今度はまともな服を用意してくれるんだろうな?」
旺伝はセンスの無い物が大嫌いだ。この前の服だって、着る前は全身にさぶいぼが出来てしまう程の拒絶反応が放出された。またその繰り返しになるのは御免だ。
「それはどうでしょう、まともの定義は人によりますから」
ラストラッシュはそうだと言うのだった。一見、イカレている人物でも、その人物にとっては十分にまともなのだと。
「奇抜よりか無難な方がマシだ。せめて普通の服にしてくれよ」
全力で頼み込むのだが、
「お、ありました」
ラストラッシュが取り出した服は奇抜そのものだった。良く見ると、それは金色に光っている全身タイツじゃないか。どうすればここまでナンセンスな服を用意できるのかと一瞬不思議に思ってしまう。
「おい!」
さすがの旺伝も怒り心頭で、ラストラッシュの後頭部を叩いた。それは突っ込みの意味も含めてだった。この男がどんなにセンスがイカレていても、侵入するためにこんな目立つ服を選ばないと思ったからだ。しかし、
「私はボケていませんよ」
だと言うのだ。本気でこの服を選んだつもりでいる。
「ナンセンスどうこうじゃなくて、正気じゃねえぞ!」
正気じゃないの一言がここまでマッチするのかと、旺伝は吃驚する。わざわざこんな服で外に出歩けば人目につくからだ。まして、ここは眠らない街と言われる碩大区だ。学校に到着する前に必ず人出会う事になるだろう。そうなれば不審者として警察を呼ばれるかもしれない。
「私は全身全霊をかけて本気です。これで行きましょう」
「なんでだよ、超絶に意味分からん!」
クールが売りの旺伝ですらラストラッシュが相手では取り乱してしまう。それだけ奴は常人とはかけ離れたセンスをしているのだ。
「私は目立つ格好で盗みに入るのがポリシーです。特に足若丸のような厳重体制の警備をかいくぐるときは敢えて目立つ服を選ぶのです」
盗みに入るポリシーだと言うのだ。
「なんで、わざわざそんな事を?」
「難易度を上げた方がスリルが増すでしょう」
ラストラッシュは盗みに入り過ぎて、ゲーム感覚になってしまっているようだ。ようするに、ゲームでやりこみ過ぎたベテランゲーマーがネタプレイに走るのと一緒だ。しかしこの場合は元々ラストラッシュのセンスがイカレているだけに、そうとは言い切れないのだが。
「ちょい待てよ。本当はこの服が好きなだけだろう」
「そうですね。一度着てみたかったのですよ」
やはりラストラッシュの願望のようだ。服を抱きしめて、その場を優雅に踊っているではないか。よっぽどこの全身タイツを履きたいらしい。
「どうなってもしらねえぞ。俺は普通の服を着るからな」
「いいえこれは社長命令です。ペアルックにしなさい」
人差し指をこちらに向けながら、その一言を発してきた。社長命令と言われれば旺伝も苦虫を潰した顔になってしまう。なんせこちらは借金をしている身で、なおかつこの男の秘書なのだから命令は絶対の筈。
「マジで言ってるのか!」
「私は同じことを何度も言うのはナンセンスだと思っています」
旺伝の口癖を言われてしまう。
「わ、わかったよ。着ればいいんだろう着れば」
「そうです。素直になりなさい」
「素直だよ!」
こうして、旺伝とラストラッシュは金色に輝く全身タイツを着こなした。股間がムズガユイのはお決まりなのだろうか。
「さて、行きましょうか」
「まさか、歩いて行くつもりなのか?」
「いいえ、今回はヘリコプターを使ってA校舎の屋上から侵入します」
ラストラッシュはそうだと言うのだった。




