039
玖雅旺伝とトリプルディー・ラストラッシュの二人は恢飢探査機を使って東日本の悪魔を捜索している最中なのだが、中々見つからず途方に暮れていた。探知に引っかかるのはG級の雑魚ばかりで、なんとなく落ち葉ひろいのボランティアをしている気分になっていた。
「くそ、まだ恢飢か」
ウサギ型恢飢の首を絞めて、そこらに捨てると、恢飢の死体はカードに変わった。そのカードをラストラッシュがカゴを背負いながらその中に放りこむ。その作業が永遠に繰り返されていた。
「もう3時間が経過しました。そろそろお昼になりそうです」
誰もが一目見ればわかる程度の高級腕時計を見ながら、ラストラッシュは呟いていた。
「そんな実況しなくても、こっちだって分かってるよ」
さすがの旺伝も嫌気がさした顔のまま項垂れていた。売価10円程度の価値しかない恢飢のカードをいくら拾った所でテンションなど上がる訳もない。せめて大物が釣れればマシなのだと旺伝は強く感じていた。しかし、彼らの前に現れるのは人間に左程害を与えない草食型の恢飢ばかりだ。それなりの腕力があれば中学生でも倒せるレベルだからこそ、プロフェッショナルを自負している旺伝にとって、本来なら相手にする価値もない相手だった。ところが、ラストラッシュが『見つけた恢飢を駆除してください』なんて言うものだから、顔をしかめながらも渋々退治に勤しんでいるという訳だ。
「素晴らしい、結構溜まりましたよ」
嬉しそうな笑顔で、カゴいっぱいに入っているカードを見せてきた。しかし、旺伝はその笑顔に若干の苛つきを覚える。
「そんな雑魚カードばっかり集めても小遣い程度の額にしかならないぞ。今倒したウサギ野郎なんて売価10円だし」
本業が祓魔師の旺伝はどんな恢飢が高い値段で買い取られるのかを大体知っていた。例外はあるが、体の大きい個体は大概強敵で狩猟が難しくなる。その分、高値で売れるのだ。
「いえいえ、少しでも旺伝君の借金額を減らした方がいいでしょう」
どうやら、ラストラッシュは一刻も早く借金を返済してもらいたいらしい。そうじゃなければわざわざこんな真似しないだろう。その時、ふと旺伝の脳内で疑問が浮かんできた。それは基本中の基本なのだが、よくよく考えると不思議に感じる現象だった。
「なんで恢飢って奴は死ぬとカードになるんだ?」
当たり前の現象として、子供の頃から学校で習っていたのだが、考えを追及させると何故カードに変化するのだという不思議に辿り着いた。
「恢飢の謎は未だに解明されていません。カードになる理由もです」
「そうか。早いとこ研究所で謎が解明されればいいな」
「そうですね。解明されるといいですね」
ラストラッシュは中腰になって、パラパラと落ちているカードを手づかみで拾っていた。それだけ見ていると、とてもじゃないが大企業の社長には見えない。良くてボランティア団体から派遣された兄ちゃんか、下っ端の区役所職員とでも言うべきか。
「22世紀になっても多くの謎は解明されていないよな。未だに」
「科学は著しく進歩しましたが、オカルトの類はまだまだですね」
二人は次の反応に向かって歩きながら会話を交わしていた。
「むしろ時代が進むにつれて謎が深まっているような気がする。虫だって起源と進化の流れが未だに不明だし、恢飢の謎も俺達が死ぬまで解明されないかもよ」
「いいえ、私共の研究所スタッフがきっと謎を解いてくれますよ。科学はいつだって優秀でしたからね」
信じていると言うのだ。研究所の技術力を。
「まあいいさ。俺はそれよりも悪魔ちゃんを探してるからな」
一昨日、旺伝を襲ってきた東日本の悪魔の事だ。独特の喋り方をしていて、顔立ちも普通のソレとは違っていたので、目立つと思うのだが中々見つかってくれない。
「そうですね。本来、恢飢は別問題ですからね」
「俺の目標は東日本の悪魔を見つけ出して生きたまま確保することだ。そして、依頼人からの任務を今度こそ成功させる」
胸の内に秘めていた熱いものを言葉にして放出した。
「その意気です。私も全力で手助け致しますよ」
ラストラッシュの目は決意の炎に燃えていた。
「心強いな。あんたほどの社長さんのバックアップがあれば」
「私もここまでくれば気になりますからね。玖雅君の未来が」
全身に呪いが回って悪魔に変貌するか、それとも純粋な人間に戻ることが出来るのか、今の旺伝の未来はどちらか一つしかない。
「俺は人間に戻るぞ。こんなヤク漬けの日々は懲り懲りだ」
旺伝はそう固く決意するのだった。
「その精神安定剤がなければどうなるのですか?」
「精神が支配されて悪魔に心を乗っ取られる。その後に体もだ」
「大変ですね」
同情の言葉をかけられた。
「そうだな。そろそろ少なくなってきたから貰わないといけないのだが……」
不意に、疲れた表情を見せる旺伝だ。ラストラッシュはその顔を覗きこんで不思議そうな目でこちらを見つめていた。




