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所長室の内部は如何にも生物実験をしてそうな雰囲気だった。禍々しい恢飢の首が、埃の被ったビーカーの上に置いてあったり、三角フラスコの中には紫色の得体のしれない液体がグツグツと煮えたぎっている。しかし、そんな所長室には色とりどりの風船が飾られていたりして、どこか子供部屋のようなレイアウトが施されている。これは不思議だと旺伝が見回っていると、靴にグニョンとした触感が伝わった。恐る恐る下を見て視ると、子供がいた。こんな場所で子供が布団を敷いて寝ているのだ。しかもまだ幼い女の子ではないか。
「なんだ、新手の恢飢か?」
思わず反射的にホルスターから麻酔銃を取り出して標的に向けた。すると、ラストラッシュが麻酔銃を手で握って、そっと降ろさせた。
「なにをいっているのですか。所長ですよ」
「こんなガキんちょが、所長だって!」
「ガキんちょじゃないぞ」
むくむくとだ。少女は起き上がった。彼女はピエロの帽子を被っていて、大あくびしたと思うと、「うーん」と言いながら伸びをしていた。
「お疲れ様です。また徹夜ですか?」
「そうだよ。次々と実験材料が送られてきて泣きべそかきそうになった」
「しかし徹夜は良くありませんね。人間のメカニズム的に考えてもマイナス面しかありませんよ。次からは早朝に起きてから仕事に取り掛かった方がいいいでしょう」
「だって、日付が変わる内に終わらせたかったんだモン」
そう言うと、彼女は頬を膨らませてご機嫌斜めの様子になっていた。そして、旺伝に気が付いたのか顔をこちらに向けて不思議そうな目で首を傾げている。
「ご紹介しましょう。こちらは私の新しい秘書の玖雅旺伝君です」
「なんだ、えらくべっぴんさんじゃないか。顔で選んだのか?」
「ちょい待て。俺は別になりたくて秘書になった訳じゃないぞ」
「……昔流行ったツンデレとかいう奴か?」
「違うって!」
旺伝と所長の会話は噛みあいそうにない。
「私はべつに顔で選びませんよ。玖雅君は私に借金があって、仕方なく働いてもらっているだけですからね」
「なんだ、そうなのか。てっきり男色的な意味で雇ったのかと思ったぞ」
そんな疑問が生じるほど、旺伝は顔立ちが整っている。そこらのモデルでは相手にならず、アイドルとして全国ネットで取り上げられてもおかしくないほどの端整っぷりだ。おまけに長身でスタイルもいい。
「この失礼なガキんちょが、本当に所長なのか?」
「はい、そうですよ。ルリバカス・オカーニャさんです」
その名前の通り、彼女は外国人で紫色の目をしている。肌は白く、可愛らしい柔肌が特徴的だ。
「そうだよ。私がここの所長なんだからね。一番偉い人なんだから!」
「ルリバカス・オカーニャ……か。ちと長いな、略称で呼んでいいか?」
「いいよ」
「バカ」
短く呟いた。
「誰が、バカだ!」
当たり前だが、ルリバカスは激昂していた。
「玖雅さん。お見事なジョークです」
しかし、ラストラッシュは絶賛して拍手を送っている。
「悪い悪い。ちょっと胸がムカムカとしててな。あースッキリした」
「んもう……。今度から私の事はルリって呼んでよ。バカじゃないからね」
「あいよ」
旺伝は面倒くさそうにソッポを向いて扇子を扇ぎながら頷いた。どうもクーラーを消して寝ていたらしく、この部屋は外と同じぐらいの温度に感じるのだった。




