035
ハプスブルグ研究所に到着した。すると、複数の黒服連中が玄関口をきっちりとガードしているではないか。さすがに資金提供元のお偉いさんが来るだけあって、厳重な警戒配備が敷かれている。
「いや、ここまでしなくてもいいのですがね」
黒服連中を見ながら、ラストラッシュは呟いていた。
「そうだな。何もここまでしなくてもいいだろう」
それに関しては旺伝も同意見の様だ。
「私の命を狙う組織はそれこそ二桁はいるでしょうが、ここまでしなくてもいいと思います」
「前言撤回だ。この警備に文句はない」
ラストラッシュの発言を聞いて、改めて意見を変える聖人だった。
「トリプルディー・ラストラッシュ様、お待ちしておりました」
すると、一人の黒服の女が前に出てきてラストラッシュに最敬礼をしていた。ラストラッシュもお返しとばかりに最敬礼をする。
「これこれはお勤めご苦労様です」
「貴方が来るまで3時間33分57秒、研究所の警備をしておりました」
まるでロボットのように性格な答えだった。こころなしか、声も機械のように冷たく感じる。
「それはそれはご苦労様でした」
「所長がお待ちです。此方へどうぞ」
黒服の女に二人はついていった。確かに、研究所の中は恢飢と思しき生物が巨大なビーカーに入れられていたり、氷属性の魔法をかけられて氷漬けにされている光景などが四方八方から目に焼き付けられる。
「これが研究か。虐待の間違いじゃないのか?」
旺伝は思わず呟いてしまった。いくら人間の魂を喰らう邪悪な生物だといっても、ここまで虐待に虐待を重ねると可哀想な感覚が芽生えてしまう。奴等の悲鳴がところせましと聞こえてくるので尚更だった。ところが、ラストラッシュは表情を崩さずに真っ直ぐに一点だけを見つめて歩いていた。
「この世は弱肉強食です。いつの時代でも食われるか食うかのシンプルな構造なのですよ。この世界は」
根本的なことは旧石器時代と何も変わっていないというのだ。
「食うための研究をしているということか」
「ええ。常に人間が捕食者の位置に君臨しているとは、限らないですからね。いつ、この怪物たちが食物連鎖の頂点に立つか、分からないでしょう?」
ラストラッシュはそうだと言うのだった。
「そのために研究をしているのか」
「恢飢」が何処で生まれて何処から来るのか、私達には知る権利があります」
「そうだな」
ラストラッシュの言葉を聞いていると、この残虐な光景も幾分とマシになってきたと旺伝は感じていた。これが未来のために役立つのなら仕方ないだろうと。
「ラストラッシュ様はこの歳で人類滅亡の危機を救おうとしているのです」
「人類滅亡の危機だと?」
思わず、ラストラッシュの顔色を覗いてしまった。
「恢飢の数は祓魔師の数を遥かに上回ります。それこそ戦闘力の低い個体が多いかもしれませんが、その内、強大な力を持った恢飢が日本……いや世界中に上陸する恐れもあると考えています」
「絶望的にナンセンスだな」
ただ首を横に振るばかりだった。
「ま、それは最悪の場合ですが」
「本当に強大な力を持った恢飢がこの世界に来ると思うか?」
「どうでしょうか。強力な恢飢は、それだけ強者の魂を喰らう特性がありますからね。この世界に強者が現れれば来るかもしれませんよ」
「強者か。てことは、俺もお前も奴らにとって眼中にないと?」
「そうかもしれませんね」
そうだというのだった。
「お二人様。着きましたよ」
一階の一番奥の部屋だった。確かに、その部屋のプレートには確かに所長室と書かれているではないか。
「ここまで御案内して頂きまして、心から感謝致します。それでは私達は所長に会ってまいりますので、貴方は警備に戻って頂いて構いませんよ」
「了解しました」
そう言って、黒服の女は姿勢を正して元いた自分の場所に帰って行ったのだった。




