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絶対血戦区域  作者: 千路文也
1st ♯2 逃げた男の手掛かり
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 山父との対話はまだ続いていた。トリプルディー・ラストラッシュはまるでお盆に実家に帰省したのかと思うぐらい、横で伸び伸びとくつろぎ始めた。


「やはり自然は美しい。このセミの音がなんともいえません」


 ここは山奥という事もあり、外ではミンミンゼミやツクツクボウシなどのセミが合唱をしている。ここが大都会の東京都は思えない程、緑に囲まれていた。


「へえ、そんなものなのか?」


 玖雅旺伝くがおうでんはあぐらをかいて退屈そうに欠伸を漏らす。


「普段鉄のコンクリートに挟まれているからこそ、自然の壮大さが分かるのです」


「会社のことか」


「ああ、そうそう思い出しました」


 ラストラッシュが人差し指を立てて、横顔のまま左目だけでこちらを見ていた。やはちラストラッシュは口角が上がっている。こういう時はロクでもない事を言い出すのが目に見えている。旺伝はここ数日で何度も思い知らされていた。


「なんだよ……悪い話しじゃないだろうな?」


「どうでしょう。貴方の生活リズムに影響しますから何とも言えませんね」


 生活リズム。夜更かし大好きの旺伝にとって一番聞きたくない言葉だった。普段は深夜遅くまで起きて読書をしているので、朝方外に行って日の光を浴びるのが珍しく、肌が白人のように真っ白なのだ。だからこそ、今日の旺伝はサングラスをつけていても、まだ眩しいぐらいだった。


「生活レベルか。こういうのもなんだが劣悪だな」


「今日はたまたま休日が取れましたが、明日は私も仕事がありますので」


「だからどうしたよ」


 旺伝は本気でラストラッシュの仕事とどういう関係があるのか理解できなかった。


「貴方も一緒ですよ。仕事」


「あ!」


 すっかり休日モードを満喫していた旺伝は自分が借金生活の身であることが頭から抜け落ちてしまっていた。なので、思わず髪の毛を触り始める旺伝だったが、


「髪の毛まで抜け落とすつもりですか?」


 思考を見透かされたあげく、突っ込みを入れられてしまった。漫才の立ち位置を考えると、ラストラッシュがボケで旺伝がツッコミのようなものなのだが。


「うるせえな」


 照れた様子で小さく呟く。


「ガハハ!」


 二人の光景を見ていたであろう山父が腹を抱えて笑い始める。


「それはさておき、明日は早いですからね」


「マジかよ。早起きは苦手中の苦手なんだが」


 旺伝は本当に辛そうな顔を浮かべて、肩を落としていた。典型的な夜型なので、朝早く起きるのがどうしても苦手だだった。


「普段は何時に寝て、何時に起きているのですか?」


「大体……5時に寝て15時に起きるな。俺は」


 夜更かしした上の10時間睡眠だと言うのだ。これには呆れた様子で山父が首を大きく横に振っていた。


「ありえねえ。ありえねえぞ!」


「まったくしょうがない人ですね」


 二人はこぞって、批判的な態度をとっていた。それだけ絶句したのだろう。


「ちょい待て。明日は何時起きなんだ?」


 旺伝が慌てた様子で尋ねると、ラストラッシュはニヤリと笑っていた。


「貴方が普段起きる時間ですよ」


「………………ひゃぁ」


 そこには残酷な現実が待ち受けていた。


「言っておきますが、これは仕事が始まる時間ですからね」


 すると、更なる仕打ちが旺伝の骨を軋ませる。


「冗談じゃないぞ。朝5時から仕事だって!」


「厳密に言えば会議ですが」


「どっちだっていいさ。それよりも俺は何時に起きたらいいんだ?」


 クールさを売りにしている旺伝だったが、これには取り乱してしまう。


「会社で寝泊まりすれば……4時に起きれば、朝食も食べられますよ」


 不意に、ラストラッシュの微笑みが悪魔そのものに思えた。


「まったく、どこの会社が朝の5時から仕事をするんだ」


「私の会社ですが」


「ぐう……」


 何も言い返せなった。借金さえしていなければと後悔の念に囚われる旺伝だ。


「第一、日本の一般的な会社は会議開始の時間が遅すぎるのです。朝の5時こそ人間が1番頭の回転が速くなる時間帯なのですから、何処の会社でも朝の5時に会議をするのが合理的かつ生産的とも言えます。特に商品開発の会議ならば……」


 しかし、ラストラッシュの声は旺伝には届いていなかった。旺伝は顔を青白くさせて、もぬけのからになった状態でヘナヘナと座り込んでいたのだった。



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