023
足若丸魔法高等学校とは創設350年の歴史のある伝統高校である。敷地面積は640平方キロメートルを超えており、その中でも高原エリアという地区はありとあらゆる幻獣生物が飼われているため、果てしない大地、巨大な魚がひしめく大きな滝、不死鳥が住んでいると言われる火山など、様々な地帯が広がっている。
旺伝とラストラッシュの二人は、その高原エリアに足を踏み入れていた。やはり、お目当ては東日本を知っているという人物だった。その人物に会うため、遥々足若丸へとやってきたのだが、高原エリアにある碩大山の頂上を見上げながら、大きな溜め息を吐く者がいた。それこそ、玖雅旺伝だった。彼は先を行くラストラッシュの背中を見ながら、ワザと聞こえる声で息を吐いたのだ。無論、ラストラッシュは心配そうな顔をして振り返る。
「どうかしましたか」
と。
「どうもこうもねえよ。なんだよこの服は」
暑さと怒りで、顔が真っ赤になっていた。まるでユデダコだ。
「良いじゃありませんか。大変お似合いですよ」
若干、半笑いになっているところを旺伝は見逃さなかった。
「十七歳の健全な青年が、Tシャツに半ズボンで麦わら帽子を被って、昆虫採集の道具を持っていたらおかしいだろ!」
そうなのだ。旺伝とラストラッシュの格好は完全に虫取り少年そのものだった。虫取り網と昆虫かごを手に持って、今にもカブトムシやらクワガタやらを捕まえそうな格好である。しかし、この二人はそんな年頃では無い。一人は成人式を終わらせて、もう一人は実質高校二年生の立派な青年である。そんな二人が何故、このような格好をしているというと。
「山父様は夏が好きですからね。夏を感じさせる服を着ていけば機嫌が良くなるのですよ」
そうなのだ。今から会いに行く山父という人物は夏を感じさせるが好きなのだ。よって、このような虫取り少年の格好をしているのだが、どうにも納得できないのが旺伝だ。彼はファッションにそれなりのこだわりを持っているため、この服装がどうにも気に入らなかった。頬を紅潮させているのは恥ずかしさもあるのだろう。
「だからって、こんな田舎のガキみたいな格好しなくても……それこそ甚平を着たらよくないか? 絶対そうだろう」
そうなのだが、ラストラッシュは首を横に振っていた。
「あれは先日着たので洗濯しているのですよ」
花火大会の時にだ。
「そういう問題かよ!」
旺伝は鋭い突っ込みを入れていた。いつにもましてキレがある。
「ええ」
「大体、なんでこの服だけ二着あるんだよ」
と、気になっていたことをぶちまけた。
「それはですね。以前、前の秘書と一緒に虫取りをしていた時があったからですよ」
そうだというのだ。ラストラッシュは虫取りも嗜むというのだ。さぞ、優雅な虫取りなのだろうと、旺伝は咄嗟に心の中で感じた。
「社長が虫取りかよ。やっぱり社長って変わり者が多いな……」
大企業の社長に普通の人はいない。故に就職でも、考え方が普通じゃない新卒を採用するケースもあるのだが、それはラストラッシュも例外ではなかった。
「いつまでも少年の気持ちを忘れないためにしているのです。少年時代に当たり前にしていたことは、大人になってやっても楽しいですよ」
そう、社長は独自の哲学を胸の内に秘めている。
「そうなのかよ」
「そうなのですよ。玖雅君もせっかくですから虫取りしましょうか?」
「いいや、遠慮しておこう。俺は虫が苦手なんだ」
伏し目がちになり、右手を軽く横に振った。
「何故?」
と、ラストラッシュは不思議そうに尋ねてきた。
「そのグロテスクな見た目が肌に合わん。虫って奴はナンセンスの塊だよ」
そうだというのだった。




