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絶対血戦区域  作者: 千路文也
1st ♯4 ぼくらのヒーロー
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 いつだって音楽は自分にパワーを分け与えてくれた。山頂を目指して長い鉄板の上を歩きながら旺伝は耳にイヤホンをつけていた。力強く前に進むための音楽を聞いているのだ。結局、人間は音楽に頼らないと生きていけない人種なのだ。組織によっては音楽を垂れ流しにしながら従業員たちに仕事を促進させている。疲労困憊になる理由の一つに耳が幸せを感じていないからにある。好きな声や音楽を聞いて耳が幸せならば疲労感などあっという間に吹っ飛んでしまう。それぐらい、人の声には可能性が秘められているのだ。かの有名なヒトラーでさえも巧みなジェスチャーと深い声によって住民たちを虜にさせて独裁政治の基礎を作り上げた。結局、カリスマ性とは声に反映されるのだ。人を「ん?」と振り返させる声を持っていれば、それだけカリスマのなんたるかを理解している証拠になる。決してそれは良い声という訳では無い。人を振り返らせるのは声の質で決まる訳では無いからだ。何処かで聞いた事のあるような懐かしい声や聞いているだけで心が癒される声など多種多様だ。自分の声を伸ばすためには、とにかく練習あるのみだ。たとえば腹から声を出すだけで声の印象はかなり違ってくる。腹式呼吸を導入さえすれば、セロトニンが増大して積極的な性格にもなれるし一石二鳥だ。どうでもよさそうに胸式呼吸で「ありあとやしたー」と接客するような失礼な従業員には毛決してなってはいけない。声を高らかに「ありがとうございました!」と爽やかな挨拶をするのが日本人の良いところだ。他の外国人従業員は自分を低評価して適当な接客をしてしまう。だが、日本人は「お客様は神様です」の信仰が強いので笑顔で挨拶をするのが日本人従業員の最低限のマナーだ。それなのに無愛想な顔をして接客するなど断固として考えれない。新人ならば「緊張してるんだな」の一言で片づけられるが、何年も働いているベテランが笑顔の一つも作れないなど言語道断。旺伝はそう感じながら休憩所の一時を思い出していた。休憩所では登山客のために店が開かれているのだが、その中に誰が見てもバレバレの無愛想な店員がいた。感じが悪いのと愛想が良いのと、どちらは良いかと100人アンケートをすれば100人が100人後者を選ぶに決まっている。それなのに真面目に接客をしないのは根性が腐りきっているとしか言いようがない。学生バイトが重宝される理由としては心が純粋なので愛想が良い点だ。愛想が悪い店員など店側も対処に困るので大抵は干されるが、愛想の良い人間には「もっと働いてくれ!」と店長が直々の評価を下す。彼もしくは彼女がいないと店が成り立たないと判断するからだ。社会では滅多に得られない好評価と言っても過言では無い。なぜならば他の組織では無視されるのが当たり前だからだ。学生バイトの時は周りの人間に「おはようございます」と返事をすれば「おはよう!」の返事がある。だが、会社員になると必死に挨拶しても返事が無い時はザラだ。旺伝はそれを身を以って知らされていた。返事をしない大人は愛想が悪くて生きる価値などありはしない。これだけは確信を持って言える。人間は結局存在自体を無視されるのが一番恐怖を感じてしまう。だから自分がここにいるとアピールしていかないと窓際部署が待っているだけだ。誰でも最初は無視から始まる。そこから徐々に打ち解けて言って最終的には好評価に繋がる。愛想だけ良くして外面を磨くだけで好評価されるのは接客業だけなのだ。他の職業では無視をされるのが当たり前なのだと旺伝は辛い経験を物語っていた。ただでさえ終わりの見えない石段を登っていると思考が退化していく。当然、口から出るのは愚痴ばかりである。


「俺とした事が過度な水分補給でお腹が冷えてきた。ナンセンスだぜまったく」


 プロフェッショナルでは無い事を、旺伝はナンセンスだと表現する癖があった。自分という存在があまりに無価値だと思ったからこそ自分の事を過小評価していた。自己啓発本という名の自己満足発生装置では「過大評価こそが未来を切り拓くための絶対条件だ!」と鼻息を荒くして書かれている。確かにその通りかもしれないが、自画自賛ばかりでは周りが見えていないだけじゃないかと旺伝は感じていた。本当に弱い人間だと分かっているのに無理して「俺は強いんだ!」と言い聞かせるのは……もうただの愚か者ではなかろうか。そんなのダサいに決まっているので、旺伝は自分に正統な評価を下すようにしていた。過度な水分補給でお腹が痛くなったのは紛れもなく旺伝の失敗だ。ナンセンスだと表現するのもありっちゃありなのだ。そんな奴とは裏腹に、数歩先で歩いているハリティーは若い細胞を爆発させながらルンルン気分でスキップしているではないか。旺伝は既に会社の闇を知っている身分なので精神状態は老け込んでいる。同じ10代でもハリティーの方がよっぽど10代らしい動きをしていた。そんな旺伝の考えを察知したかのようにハリティーはグルリと後ろを向いて口を動かす。


「何やってんの。遅いよ!」 


 ハリティーが怒るのは無理も無かった。確かに旺伝の歩幅は遅すぎるのだ。痛みを忘れて登山をしようと思っても教科書通りはいかない。ハリティーの問いにも、苦悶の表情を浮かべながらそれが人生なのだと言い聞かせるしかなかった。



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