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絶対血戦区域  作者: 千路文也
1st ♯4 ぼくらのヒーロー
207/221

207


 じじいとの話題は尽きないが、いつまでも温泉に浸かっているとのぼせる可能性だってある。じじいと話しをして健康に害をきたしたなど笑い話にもならにので、旺伝とハリティーは自室に戻って浴衣に着替えていた。さすがは高級旅館なだけあって浴衣も容易されている。ボロ旅館には着替えさえ置いていない時だってあるのだ。「着替えは御自分で用意してください」などの人格を疑うような事を言って言い訳をしてくる。旺伝はそんな苦い経験をしているので、絶対にボロ旅館には泊まらないと固く決意した。あの時は着替えが無かったが故に裸で一夜を共にしてしまった。あの不覚は一生忘れてはいけない。人間は嬉しい事よりも屈辱的な事の方が記憶に残っている。それだけは確実だった。それに目の前に置かれた海の幸を目の前にして暗い気分でいられるものか。瀬戸内で獲れた新鮮な魚がビチビチと飛び上がっているようだ。既に調理済みだが、まるで生きているかのような迫力がある。鯛の刺身など目力があって吸い込まれそうなぐらいだ。


「瀬戸内で獲れた魚とか……その文面だけで美味しいに決まっているだろ。大昔は気軽に魚を食べられたが、今では他の海は放射能汚染されて魚なんて食べられないからな。奇跡的に核汚染から免れた西日本だけが、新鮮な魚を味わえる。こんなに幸せな事は無いさ」


 そうなのだ。東日本では原子力発電所が爆発してしまったのだ。その結果、海だけではなく地上も放射能に汚染されて人が住める状態ではない。あそこでは放射能を汚染された化け物が蠢く、この世とは思えない地獄が広がっている。そこらの心霊よりも悍ましい生物が住んでいるのだ。食事の時に考える事では無かったが、ついつい連想させてしまった。旺伝の悪い癖である。だが、いくら頭の中で東日本の事を考えても目の前の魚は新鮮なままだ。旺伝は喜々として箸を手に取ると、鯛のお刺身めがけて箸を伸ばした。そして箸で刺身を手に取ると、醤油に浸す。まんべんなく醤油を浸透させると、ついに口の中に入れていく。舌触りが良く、舌の上で刺身が跳ねているかのような錯覚に陥る。噛んだら噛んだで弾力ある歯ごたえが待っているのだ。これは美味いの一言でしか表せない。テレビのコメンテーターみたいに上手な表現など出来やしない。素人は美味いの一言が言えればいいのだ。


「口の中で鯛が踊っているようだ。こんなに幸せな瞬間は無いぞ」


 そう。旺伝は瀬戸内海を丸飲みしたかのような感覚に陥っていた。



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