002
旺伝が取り出したのは麻酔銃だった。その非殺傷型拳銃を男に向かって銃口を突きつけていた。
「そんな玩具で私は脅す気ですか?」
しかし、男は動じることなく薄ら笑いを浮かべていた。
「玩具かどうか身を持って知るか?」
「お好きにどうぞ」
「そうさせてもらう」
ゆっくりと引き金を引いた。
バンっ!
という銃声音と共に弾丸が発射された。弾は標的に向かって真っすぐと向かって行ったのだが、なんと男はヒラリと首をくねらせて、回避したのだ。
「だから言ったでしょう。玩具だって」
「バカな……弾丸を避けるなどと」
旺伝は何度も何度も銃弾を発射したが、そのつど攻撃を躱されてしまう。そして気が付くと、マガジンの弾数が尽きるまで攻撃を続けてしまっていた。カチカチという音ともに何も発射されなくなってから、漸くその事態を知ったのだが。
「何度も言うようですが……玩具で私を眠らせようなどと考えない事ですね」
「っち。どうなってやがるんだ。お前の体は」
「えてして、この体はミッション成功に非常に役立ってくれます」
「そうだろうな……って、ミッションだと?」
「あらあら。口が滑ってしまいましたよ」
片手で口を押える男だった。
「屋敷の中がボロボロなのは恢飢の仕業だと思っていたが……お前まさか泥棒か」
「実に感が鋭い方だ」
「ハッ、警察に突き出してやるぜ」
空になった拳銃を突きつけるのだが、旺伝は「っち」と舌打ちして、拳銃をホルスターにしまったのだった。
「ところで、貴方は何故麻酔銃をお持ちになられているのですか?」
「簡単さ。通常兵器で恢飢を殺すことは出来ないが……眠らせる事は出来る」
「そんなことせずとも、対恢飢戦の武器を使用すればいいじゃないですか」
「殺しなんてナンセンスだろ」
「不殺主義……ですか」
男は眼鏡をクィッと持ち上げた。
「なんだよ。なんか文句あるのか?」
「殺しこそ生きがいの私には到底理解出来ない感情ですよ」
瞬間、旺伝の体に殺意の念が送り込まれた。あまりの迫力に、旺伝は片膝をついてしまった。
「なんつう殺意だ」
その念が漸く終わると、旺伝はフラフラと立ち上がって見せた。
「しかし……丸腰の相手は殺さない」
「何?」
「良かったですね。弾丸が切れて」
「それがお前のポリシーか」
「そう。無作為に人を殺すのは獣だけでいいですからね」
お互い、目をそらさないでいた。しばらく無言でその状態が続くと、痺れを切らした旺伝が口を開いた。
「……で、お前の名前は?」
「トリプルディー・ラストラッシュ」
「ハハッ、これまた随分と素直だな」
「貴方の名前も教えてくださいよ」
「玖雅旺伝だ」
「覚えておきましょう。また逢う日までに」
そう言うと、ラストラッシュは屋敷の奥へと走り去って行った。
「待ちやがれ!」
旺伝は追いかける。階段を何度も何度も上がっていくと、とある一室の窓からラストラッシュが身を投げ出していた。窓からはバラバラバラと大雨が地面に叩きつけられるような轟音がしたと思うと、ラストラッシュは向かいのヘリに飛び移ったのだ。
「怪盗には足が必要ですからね」
「ちくしょう!」
旺伝は辺りの家具をヘリに向かって投げつけるのだが、到底届くはずも無かった。彼は飛び去って行くヘリを無常にも眺め続けるしかなかった。




