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旺伝が生計を立てていられるのは少なくとも会社員として仕事をしているおかげだ。それが良いか悪いかは別にして、お金は貰っている。ありがたい事に会社に出社しても仕事が無くて途方に暮れている社内ニートの待遇は受けていない。それなりに忙しい仕事で、旺伝がいないと困ると言わしめる程の地位を授かっていた。とは言っても、本来ラストラッシュがする筈の雑務を変わりにやっているだけなので「助かるわ」程度の存在価値しかない。しかし仕事をする意味などその程度だ。ほとんどの人間は自分が仕事をしている意味を問おうとしているが、現実を見て欲しい。少なくとも組織に雇われて仕事をしているのだから意味は既に成立している。優秀な人材だと知っているからこそクビにならずに雇ってもらえている。本当に会社全体を脅かすような駄目人間ならばとっくの昔に解雇されている筈だ。だから働く意味などその程度しかないのだ。自分が知らないレベルで誰かの役に立っているからこそ、満足に働ける。ミツバチがハチミツを造って、結果的に生態系が保たれているのを知らないように、人間も仕事をする意味など知らなくてもいい。少なくも旺伝はそう思っていた。そんな事を考えながら何のあてもなく歩いていると、脚に衝撃が伝わっていた。先程まで考え事をしていたので気が付かなかったが、ハリティーがタックルをお見舞いしているではないか。それも不機嫌な顔をしながら頬を膨らませて。
「まちなさいよ。あたしより前を歩くなんて許さないんだから!」
どうやら、ただの高飛車女では無いらしい。常に自分が先頭でないと気が済まない性質のようだ。これには旺伝もムッとして注意をしようとしたが、寸前になってやめた。こんな道路のど真ん中で物議をかましていては他の歩行者の迷惑になるからだ。なので旺伝は平然と歩きながら口を開くまでだ。
「うるさい。少しは黙って歩け」
旺伝は国立図書館に行こうとしていた。あそこは世界中から本を集めているので、悪魔の生態系に関する本がもしかすると存在しているかもしれない。今の時代、電子書籍が当たり前のように普及しているので本の形を保っている書物は滅多にお目にかかれない。それこそ本を提供しているのは図書館ぐらいなのだ。最近の電子書籍に悪魔の情報など載っていないに決まっている。そもそも政府は悪魔の存在を公に認めていないので、かつてのエリア51のようなエイリアン研究施設があるのではないかと噂されるほどである。




