172
勝敗は確定的だった。もはや旺伝に闘う力など残されていない。こうなってしまえば無駄な足掻きをしていても時間が過ぎていくだけだった。ところが負けを認めている内に他の存在を感じていた。早朝の公園には旺伝とローンレンジャーしかいない筈なのに、他の存在を感じているのだ。こんな早朝から他の人間が何をしているのかと疑問に思っていると、2人の前に現れたのは紛れも無くダニーボーイだった。その黒いスーツと漆黒のサングラスは特徴的である。それに加えてガタイの良い格好をしているので、彼はムチムチになっている。ムチムチなのにスーツを着こんでいる者など他に知らないので旺伝は即座にダニーボーイの存在に気が付いたのだった。するとダニーボーイは徐々に旺伝の元に近づいてきた。無論、ダニーボーイの存在に覚えが有るローンレンジャーは彼を敵とみなしているのか攻撃をしかけてきた。悪魔の両腕を自由自在に伸ばしたと思うと、ダニーボーイを殴ろうとしているではないか。旺伝はあのパンチの力を知っているので、次の瞬間には喉から声を振り絞っていた。
「危ない。避けろ!」
旺伝がそう叫んだのも束の間、ローンレンジャーの両腕から血飛沫が吹いていた。なんとダニーボーイは目にも止まらぬ速さで両方の拳を切り飛ばしたのだ。しかも彼の手に握られているのは、演奏会などで指揮者が良く使っている指揮棒ではないか。その指揮棒にあれだけの殺傷能力があるのかと驚いた旺伝だったが、それ以上に悪魔の攻撃を難なくあしらってしまったダニーボーイの戦闘力に愕然としていた。銀行の扉をぶちやぶったパワー至上主義の悪魔をここまで圧倒的に切り伏せるなど、よっぽどの実力者ではないと有りえないからだ。そしてローンレンジャーは絶望感を出した表情のまま、地面に屈服していた。さすがに両方の拳を切られたからにはそれなりの痛みを感じているようである。
そんなローンレンジャーを他所にして、ダニーボーイは旺伝の元に接近していた。旺伝もまた立ち上がるのがやっとの状態のままなので、再び片膝をついていた。この王を歓迎するかのようなポージングはあまり好きでは無いのだが、この体勢が一番楽だったのでそうするしかなかった。
「君はこの程度の悪魔に手こずっていたのか。ボスが君に任務を依頼した意味がまるで分からんな。これならば最初から私が対処しておけば良かった」
そう言い捨てると、方向転換して今度こそローンレンジャーの元に戻っていた。そしてダニーボーイは彼の頭に拳を振らせていた。拳の威力は凄まじく、ローンレンジャーは一発で吹き飛び、マンションのコンクリート壁にぶつかってようやく制止をしていた。なんとダニーボーイの腕力は悪魔のそれよりも上だったのだ。これでは本当に何故、自分が悪魔討伐の依頼を任されたのか分からなくなっていた。嫌、分かってはいるが認めたくは無かった。恐らく依頼人は旺伝の知名度を利用しようとしていたのだろう。彼は魔法界の人間ならば誰もが知っている有名人の息子だ。だからコネを利用した形となって自分の元に依頼が来たのだろう。本当は認めたくなかったが、奴の戦闘力を目の当たりにしていると、その可能性しかなかった。そんな事を思いながら2人の攻防を見ていると、ローンレンジャーは何とか起き上がって言葉を発していた。先程よりも細い声をしていて、気力を感じさせられない程に。
「君は何者だ? 僕にここまでのダメージを与えるなんてよっぽどだね。大した奴だよ」
こんな状況になっても、相手を称えるのを忘れないのがローンレンジャーの性格のようだ。しかしそれが強がりなのか時間稼ぎなのかは知らないが、確実にダニーボーイと言葉を交わそうとしているようだ。本来ならば戦闘の主導権を握っている者が会話をするか否かを決めるのだが、ローンレンジャーの方が声をかけていた。これはすなわち、まだローンレンジャーには余力が残っているのを意味するのだった。
そして次の瞬間には拳を再生させていた。どうやら彼には自己修復機能がついているらしい。しかしそれを目の前で見ているダニーボーイは表情をまるで崩していなかった。彼にはこれさえも予定範囲内だと言うのだろうか。




