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勝負は既に始まっていた。相手と対面している時から既に血戦は避けられない状態にある。それでもどうにか逃げ道を作ろうと考えていた自分に猛省しながらも、旺伝は積極的な攻撃をしかけていた。相手に余計な感情を植えつけさせる前に叩き、息をする暇も無く屈服させようと目論んでいた。ところが、此方の拳が相手に伝わる事は無かった。いつものように山羊頭の悪魔に変身した上での『殴り』にも関わらず、ローンレンジャーにはそれを受け止められていた。彼自身も変身させた悪魔の両腕に。
一旦体勢を整え直そうと思う暇も無く、相手の左拳が頬に直撃していた。すると、今まで感じた事の無い激痛が襲ったと思うと、旺伝自身がブランコの遊具まで弾き飛ばされていた。それは起き上がるのも痛みが生じる程の重いパンチ。しかしそうだとしても起きなければ自分が殺されてしまう。生命の危機を感じていると人だろうが悪魔だろうが必死に生きようとする。だから旺伝はブランコにしがみつきながら、脳震盪になる前に立ち上がっていた。終始、息をするのも苦痛だったが、何故かローンレンジャーは自分に立て直す時間を与えてくれていた。立ち上がるまでに30秒ほどの時間があったのだから、その気になれば再度自分を殴るのだって可能だった筈だ。しかしそうしなかったのは絶対的な自信からなのか、それとも勝負を避けたいのか。いずれにしろ本人から直接聞くの唯一の方法だった。なので旺伝は震える唇でなんとか言葉にしていく。
「俺に立ち上がる猶予を与えたのが運の尽きだ。次は絶対に屠ってやるよ」
自分を奮い立たせるために自信の発言をするのは心理学的にも良いとされている。胸の中で思うよりも口に出した方が何倍も気分が高揚して、体中の細胞が活性化していくのだ。そんな自信に溢れた旺伝とは裏腹に、ローンレンジャーは淡々と語っていた。
「人間だろうと悪魔だろうと精神的余裕が無ければ、その時点で闘いには勝てない。この俺がプロ野球生活を通じて学んだ人生哲学って奴だよ」
そうだと言うのだ。闘いに必要なのは精神的余裕なのだと。まるでローンレンジャーはこれさえあれば負ける心配は無いのだと言っているようだ。しかし旺伝にも考え方はある。それは勝ち負けに絶対の法則など存在しないという考え方だった。もしも絶対があるのだとすれば、その時点で闘う気力さえ見失ってしまう。闘いにはたとえ弱者だとしても勝利する確率があるのだから、それで成立する。もしも絶対や完璧な勝利があるのだと思うようであれば、慢心してしまっているのと同じだ。慢心はスランプを生むだけの要素に過ぎないので旺伝は出来る限り慢心をしないようにしているのだが。




