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旺伝の仕事のスピードが速くなったのは社会に適応した訳が理由ではない。そもそも旺伝はまだ社会になど適応していないどころか、早くフリーターに戻りたいと思っている程の男なので社会を嫌っている根本的な姿勢は何一つ変わっていない。本当に変わったのは、仕事に対する姿勢である。以前ならば「なんとかなるさ」の気持ちで困難な仕事を後回しにする傾向があった。だが、後回しにして時間を消費していく内にどんどんと締切が迫ってくる。そうなってくると「なんで俺は本気を出さなかったんだ」と毎回のように嘆いていた自分がいた。今ではなんとかそれで収集がついたのだが、社会に出て仕事をするようになると自分の精神状態の良し悪しにこそ意味があると誰でも気が付く。そうなってくると面倒くさい仕事を後回しにしていては最終的に後悔して前に進めない。なので旺伝は時間のある内にデカい仕事を出来るだけ早く終わらせようと試みていた。勿論最初は疲れ果てて眠る機会が何度もあった。しかしそれでも諦めない姿勢を連ね桁からこそ、段々と効率良く仕事が出来るようになって、以前の自分よりは確実に進化していると胸を張って言える様になった。仕事が出来る、出来ないなど自分が評価すればいいだけの話しなので、いくら他人が「お前は仕事が出来ない奴だ」と言ってきても無視をすればいい。自分の事は誰よりも自分が知っている筈なので、満足する社会人生活を過ごしているならば素直に自分を褒めてやるべきだ。それこそが、仕事のエキスパートである。
そんなこんなで、旺伝は目の前の仕事に逃げなくなった。なぜならば仕事には逃げ道など用意されていないのを学んだからだ。最初は借金に追われて嫌々やった仕事なのだが、それでも学ぶべき点はたくさんあった。もう二度とやりたくない仕事をしていたとしても、そこには数々の人生哲学が存在していたので、前向きに考えると経験値にはなりえるのだ。旺伝のようにネガティブな運命をプラスに持っていく事で段々と未来が明るくなっていく。社会に出ると色々と大変だと大人は言い聞かせてきたが、それ以上に大変な思いをしてきた。なので自分の未来を想像するのは難しい。そこで旺伝は未来は想像するのではなく、創造するものだと最終的に考え出した。未来は誰にも分からないのだから、頭の中で考えるのではなく、こうなりと具体的な自分を創りだせばいいのだと。勿論、言葉では簡単に言えるが未来の自分を創るなんて相当難しい作業なのは言うまでもない。だから長い時間をかけて仕事と向き合いながら、理想の自分を見つけるのが最優先の課題となる。そうなってくるとどんなに嫌な仕事にも対応できる自分がそこにいて、いつの間にか長い期間働いている自分が見つかってくる。そして結局は退職するまでその仕事を貫いてきた自分が現れてくるのでどんなに嫌な事をさせられても貫き通すのが道理とも言えないだろうか。旺伝は少なくとも、「今日だけは頑張る」の気持ちで毎日を過ごしてきた。これは偉大なる心理学者ジム・レーヤー氏が発言した言葉なのだが、『今日だけ頑張れる人は毎日頑張れる人だ』と言っていた。まさしくその通りである。明日から頑張るのでは遅すぎる。なので朝起きた時から「今日だけ頑張ろう」と自分に言い聞かせるのだ。すると明日になっても頑張ろうとする自分がいるので、かなり前向きになれる。旺伝もストレスが溜まって泣きそうになる仕事をそうやって片づけてきたから、今のスピードを手にする事が可能となった。人は誰しも手抜きをしたくなるが、手抜きをしていては完璧な自分を手にはいられない。完璧な自分とは仕事をしていても何の苦ともしないのだと思っているので、ワザと力を抜くのは完璧とは言えないと分かりきっている。なので今日だけは全力でやろう、今日だけは全てを出しきるぞと言い聞かせながら、デスクにしがみついて原稿を書き上げるのが旺伝の流儀だった。
そうやって毎日の仕事を積み上げていると、不思議と前向きに考えられるようになるのだ。達成感を感じて意外と大した事ないなと捉えられるようになってくる。そうなれば漸く一歩を踏み出せた証である。そこからはスランプやイップスなどの困難な道のりが待っているだろう。しかし、今日だけ頑張ろうとする自分がいる限りは精神的苦痛を最小限に食い止められ、ストレスを感じずに出社できるのだ。




