015
「ぐうう……さすがだ」
男はよろめきながら、腹を押さえて千鳥足になっていた。
「殺しはしない。降伏しろ」
「フフフ、降伏しろだと?」
しかし、この状況で男は笑っていた。
「何が可笑しい」
「今日はここで終了だ。また会おうぞ」
すると、男の周りにズブズブとした黒い泡が吹き出し始めた。男はその泡に撒きこまれ始めていく。
「待て!」
「今日は君の生存を確認しただけだ。次に会う時こそが勝負だ」
次第に男は完全に泡に包まれ、その泡が爆発四散したと思うと、奴の姿は消えていた。どうやら特殊な移動方法を持っているらしい。
「逃がしましたね」
ラストラッシュが近づいてきたが、左程驚いた様子ではない。玖雅旺伝の見た目を見てもだ。旺伝は変身を解いて、元の姿に戻った。
「奴は、確かに東日本の住人だ」
振り返り、ラストラッシュの目を見ながら話しをする。
「その根拠は?」
聞き返す。
「俺を知っていた。俺の呪いことも」
「そうですか。やはり呪いですか」
ラストラッシュは確信していたようだ。旺伝の変身能力は呪いによるものだと。
「そうだ。俺は魔力を失くした代わりに悪魔への変身能力を得た。しかし、呪いは確実に体を蝕んでいく」
「どのように?」
「変身する度に老化が進む。だから何回も変身すると、あっという間に老衰で死ぬのさ。回数制限がついていると思ってくれ」
「成程、だからあんなに嫌がっていたのですね。変身を」
「それは違う」
違うというのだ。
「え?」
「ナンセンスだろ。今時、悪魔なんて」
どうやらセンスの問題らしい。
「そうですね。実にありきたりです」
ラストラッシュもこれには賛同していた。
「だから嫌なのさ。こいつは」
旺伝は拳の中に眠っている黒い石を、強く握りしめていた。まるで憎しみと怒りが込められているかのように。
「さて、とんだ花火大会になってしまいましたね」
「ああ。この様子じゃ中止だろうな」
「そろそろ眠れる御姫様を王子様に返しましょうか」
友奈はラストラッシュの腕の中でスヤスヤと寝息を立てて寝ていた。まるで、飼い主と猫のように。
「誰が王子様だ」
と言いつつ、旺伝はちゃっかりと友奈の体を受け取っておんぶした。
「しかし、ここまで来て、花火が見れないのは勿体ないですね」
「仕方ないだろ。後始末だけで大変だぜ」
旺伝は燃え盛る花火大会本部を見ながら、そう言った。
「花火やりますか?」
ラストラッシュはクィと眼鏡を上げて、誘ってきた。
「花火って、あの花火か」
「そうですよ。スーパーやコンビニに売っているような花火です」
「そうだな。せっかくだし、やろうか」
「勿論、友奈さんも一緒に」
優しくだ。優しく友奈の頬を撫でるラストラッシュだった。
「やめろ。こいつは寝てるんだぞ」
不意に、ラストラッシュと友奈の距離を離した。
「仕方ありませんね。取り敢えず、移動しましょうか」
「ああ。後は警察と消防に任せよう」
そうして、旺伝とラストラッシュは友奈を連れて港から脱出した。次に目指すは花火を売っているであろう店だ。近頃は薬局にすら花火は売っているので、普通の店ならばどこにでもあるだろう。
「さて、花火を買いますか」
二人は友奈を連れたまま商店街に来ていた。ここは西日本最大級の商店街で、深夜だろうが早朝だろうがつねに大勢の人がいる程、賑わっているのだ。ここならば、花火を売っている店の一つや二つあるだろう。
「その前に、友奈を背負ったままでは移動しにくいな」
友奈の寝息をぬくもりが、肌に伝わっているのだった。




