014
撃っても撃っても奴は止まらない。痺れを切らした旺伝は後ろにいるラストラッシュに声をかける。
「ちょいちょい、黙って見てないで協力しろよ」
バンバンと銃声音を立てながら後ろを向く。幸いなことに、奴の進撃は遅いため人と会話できる余裕はまだ残されていた。
「それは私に言ってるのですか?」
ラストラッシュは惚けた声を出した。
「そうだよ。お前、戦闘力はそれなりにあるだろ?」
しかし、ラストラッシュは首を横に振っていた。
「出来ませんね」
ボソッと呟いたのだ。
「なんでだよ!」
思わず、突っ込みを入れてしまう。
「契約は怪物を見つけるだけで、怪物と戦う契約はしていません」
そう、戦うことは約束していないのだと、あの男は言っている。旺伝がピンチなのを見てこの発言をしているということなので、とんでもない輩だ。旺伝は更に強く叫ぶ。
「何言ってんだ。この期に及んで!」
「それに玖雅君には秘めたる力があるそうじゃないですか。それを使ってみてはいかがですか?」
ラストラッシュは、この男との会話を聞いていたようだ。すると、男は喋りながら歩みを続けていた。
「その通りだ。君本来の力を解放しろ」
「出来れば使いたくないのさ。これが」
「だったら、強制的に使わせるまで追い込む!」
その瞬間、男は一気に跳躍して、飛び蹴りを喰らわせてきた。腹にまともに蹴りを入れられた旺伝は、ヨロヨロと後ろに下がってうずくまった。
「ぐっ……」
次第に意識も朦朧としてきた。無理も無いだろう、人間のデリケートな所をダイレクトに蹴られたのだ。彼はお腹を押さえながら、男の顔を睨みつける。
「痛いか少年?」
ついに、男は旺伝の前に立った。直立したまま旺伝の顔を覗いているのだ。
「ああ、痛いさ。とてつもなくな」
額から汗が出てきて、ハアハアと肩で息をする。これは下痢と似た症状だった。家でラストラッシュと二人っきりになった時、奴の迫力と威圧で下痢になったが、その時と酷似しているのだ。
「君には今の私を退けるだけのパワーを隠し持っている筈だ。そんな腹痛なんぞ消し飛ぶ程の回復力もな」
揺さぶりだ。しかし、今の旺伝に立ち上がる気力も残されていない。
「なんだよ。俺の力を見て、何か得することでもあるのかよ」
「確認だよ。君が本当にあの能力を得ているのか、個人的に気になってな」
個人的という言葉は実に曖昧だ。悪党が使うにはもってこいの言葉だろう。
「そうかい。そこまで言うなら見せてやるよ」
旺伝は力を振り絞って立ち上がった。すると、男は拍手を送ったのだ。
「いいぞ。早く見せてくれ」
奴は不気味な笑みも浮かべて。
「センスが無いから嫌いなんだけどな。本当は!」
そう言い放つと、旺伝はポケットの中から黒い石を取り出した。その辺りに転がっているものではなく、光沢と艶のある整った石だ。その石を前に出す。
瞬間。そこから黒い光が放出され旺伝の体を見る見るうちに黒く染めていく。服は黒いマントと黒い頭巾に変化し、その頭巾から山羊の顔を覗かせていた。しかも、ただの山羊ではなく、山羊の頭蓋骨なのだ。
旺伝の見た目は、悪魔そのものとなっていた。人間の形をしているが、人間とは程遠い異形の存在に。
「素晴らしい。やはり雇い主の言っていた事は事実だったのか」
すると、眼前の男は小躍りしていた。
「悪魔への変身能力。それは握力と脚力を跳ね上げる」
全身を黒く染めた山羊の化身は、瞬時に男の懐に潜り込むと、先程のお返しとばかりに腹を殴った。それもアッパーで。