138
だが、どんなに無愛想な奴が相手だろうが同じ人間である。意思疎通は出来る筈なので、二人は我慢できずに話し掛けようとしていた。ただしこれには相当な勇気がいる。なんせ相手は「俺には話し掛けるな」というオーラを出しているのだから何と言って声を出せばいいのか踏ん切りがつかない。「ちょっと寒くなってきたな」という日常生活で良く使う言葉を出せばいいのか、それとも「お前暗いぞ」と直接言ってしまうのが無難なのかそれさえも分からない。人間は心が読める訳ではないので、ちょっとした一言で相手を怒らせる可能性も微塵に存在するので、中々二人の口は動かなかった。それぐらい無愛想な人間に話しかけるという行為は勇気がいるので、彼らは嫌われている。そもそもお話しをするだけで勇気を振り絞る必要性など皆無に等しいのだから、無愛想な人間は知らず知らず相手を気遣わせてストレスを溜めさせるというとんでもない輩なので身の回りにそんな奴がいればビシッと言って然るべきなのは言うまでもない。
このように彼らは人の気持ちがどうなのか知らないで、ひたすら心の内に文句を抱えて生きているような輩ばかりなので相手にする時は最新の注意が必要だ。彼らはいつ爆発するか分からない時限爆弾のような物で、しかも爆発したら手が付けられなくなる可能性も多いにあるのが彼らの悪い部分だ。もう少し、言葉を使って喋ってくれるだけでどんなに有り難いかと、ダニーボーイとラストラッシュを比較して見ていると思えてくる。ラストラッシュは口から先に生まれてきたんじゃないかと疑う程、ぺらぺらと饒舌に話してくれるのだから此方としても良い気分になってくる。それとは裏腹に、ダニーボーイは常に悲しみを抱いているかのようにテンションが低くて、黒服も合わせて争議中なのかとツッコミを入れたくなるぐらいの無表情っぷりを貫いていた。もはやここまでくると、人間としての個性として認識させられるぐらいの無愛想っぷりなので以外にも清々しく思えてくる。だが、それでもダニーボーイは悪い空気を生み出している源となっているので、少しは注意が必要であった。
「もう疲れましたね。これ以上待っていられませんよ」
ハッキリ言うと、何もせずにボーっとして過ごしている時の方が働いている時よりも疲労感を感じる場合もある。それは朝起きた時、めちゃめちゃ体が疲れている時と丁度同じような感覚なのだ。そのような気持ちにさせられるぐらい、感じの悪い人間は疲労製造機に成りえているのだからプロ意識をもう少しだけ追及して欲しいと願う旺伝だった。少なくともプロ意識が芽生えてさえいれば、このような軽率な真似は出来る筈もなく、もし無愛想だったとしても自分のせいで会社の空気が悪くなっている事ぐらいは気がつく筈だ。それにも関わらず、自分の性格を治そうとしないのは人間性がおかしいと言うしかないが、とにかく自分は無愛想だと気が付かなければ人間として成長出来ない。少なくとも仏像のような面をするよりも、笑顔を振りまいていた方がよっぽど愛想があるのだからそうするべきなのだ。
「そうだな……ハッキリ言って俺も我慢の限界だ。病気ならともかく、健康体なのに無愛想にしているのは人間として有りえない行為だし、修正しないと」
まさしく旺伝の言う通りだ。奴等と徹底的に修正させて笑顔を振りまく優しい人間に芽生えさせないと意味が無い。人間の性格を変えるのは容易ではないが、本人を死ぬまで無愛想な人間にさせてしまうよりかは随分とマシな筈だ。




