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その後、なんやかんやあって会社に戻った聖人とダニーボーイだ。すると席についたダニーボーイが全身から「俺に近づくな」というオーラを放っているではないか。確かにここに来る途中まで彼とは一言も口を聞かなかったが、それでもここまで無口になってブスッとしているのは今までに無い光景であり、旺伝とラストラッシュは彼の背中を見ながら首を捻っていた。
「明らかにご機嫌ななめですねえ……あれでは近づけないですよ」
ラストラッシュもどうやら彼の不機嫌オーラを感じているようだ。このように人間は明らかに体調が悪かったり、ムカつきを覚えていると「俺は今、不機嫌だぞ、絶対に話しかけるな!」というオーラを放つ人が意外にも多くいるので、こういうオーラを放つ輩は、周りの人間からすれば迷惑極まりないのを覚えておいてもらいたい。いつもなら冗談の通じる相手にも関わらず、今日に限っては冗談が通じずに、それどころか話しかけてもロクに返事をしないという最低の人間に成り下がっている。お腹が痛くて喋るだけで吐きそうなら話しは別だが、至って健康体にも限らずにイライラしているような奴はクビになってしまえばいい。しかも仕事に来て金を稼いでいるにも関わらず無愛想に仕事をする奴はその時点で給料泥棒と言われてもおかしくは無いのだ。それだけ、健康体な人間が無愛想に仕事をしている様は見ていても恥ずかしさを覚えてしまう。新聞の広告にひっついている求人誌には『元気で明るい人募集中』と良く書かれているのは、それが原因だ。無愛想で何も語らない輩よりも、元気で明るい人間の方が職場を盛り上げてくれるので結果的に作業スピードも向上する。しかし、無愛想で何も語らない人間がチームをまとめるようになれば最悪だ。そのチームはコミュニケーションがとれない状態になるのは言うまでもなく、限りなく崩壊へと近づいていく。これでは何のために仕事をしているのか分からなくなる。だからこそ、元気で明るい人間の方が面接でも有利であり、就職先した先でも重宝されるのだ。しかし無愛想で笑顔を作らない人間は相手側に不愉快な思いをさせてしまう確率がかなり高くなるので、あまり緊張し過ぎるのもどうかと思われる。そしてダニーボーイはいつもより無愛想な顔をして、せっせと仕事に取り掛かっている。黙ってキーボードをカタカタを打ちながら文句の一つも言わずに書類を片づける様はまるで機械のようだ。これでは人間と人間の繋がりこそが大事な会社では異端児として思われてしまうのも無理はない。
「あいつ、早朝は張り切っていたのに……どうしてこうなった?」
ダニーボーイが不機嫌な様子で仕事をしている理由は正直言って旺伝にも分からなかった。しかもその理由を知ろうとしても「話しかけるな」というオーラを出されていてはそれを聞く事も出来ないから困りものだ。このように職場で不機嫌な態度をとっている輩は周りの人間を気遣う事も出来ない最低の人間と同じなので極力は楽しそうに振る舞うのが一番だろう。たとえ楽しくないとしても、楽しそうにするのが社会で仕事をする上で基本になるのだから。
「張り切っていたとは?」
ラストラッシュはそういうと不思議そうに此方を見ながら話し掛けていた。当たり前だが、二人はダニーボーイの耳には決して届かないように口を耳に当ててこしょこしょ話しをしていた。そしてラストラッシュが疑問に感じた理由は至って簡単だった。普段から冷静沈着をモットーとしている彼が、早朝には張り切って何かをしていたと言われれば不思議に思うのも驚きでは無い。だからそう聞いてきたのだろうと、旺伝は勝手に想像していたがあながち間違いではないだろう。
「料理を振る舞ってくれたのさ」
「なんと……あの方が料理を!」
「しかもスーツにエプロンを着てたから驚いたよ」
旺伝は驚いたというのだった。




