013
普通だ。普通の男だった。ピエロの下は普通の人間だったのだ。拍子抜けした旺伝は黙って、男の顔にピエロの顔を被せた。
「違いましたね」
後ろで、ラストラッシュが笑みを浮かべていた。明らかに馬鹿にしている態度だ。それを見た旺伝は沸々と闘志を燃やしていた。
「こうなったら、何が何でも見つけてや……」
その時だ。後ろで大爆発が起きた。叫び声を上げながら逃げ惑う人々。振り返ると、花火大会の本部が爆炎で燃えているのだ。あそこに友奈がいる。
「……本部が爆発?」
さしものラストラッシュも驚いたようで、口を大きく開けていた。
「友奈!」
旺伝は夢中で駆け出した。それに導かれるようにして、後ろからラストラッシュがついてくる。人々の波をかき分けながら、本部へと到着すると、友奈は一人の男によって抱きかかえられていた。その男は爆炎に包まれている本部を背にして、こちらを見ていた。
「おや、到着が遅いな」
その男は赤い目をしていた。間違いない奴が犯人だ。そう思った旺伝はホルスターから拳銃を抜いた。愛用の麻酔銃だ。今回は弾切れの心配はなく、弾量の予備はある。
「お前が東日本からやってきた珍獣か。友奈を放せ」
「勿論だとも。彼女は私の本当の姿を見て気絶しただけに過ぎない、ほんの部外者だ」
男はそう言って、友奈を地面に置いた。とくに危害は加えられていないようで、無傷だった。爆発にも巻き込まれていないように見える。
「ラストラッシュ、友奈を頼む」
「分かりました。気を付けてくださいね」
ラストラッシュは友奈を抱きかかえて、そのまま旺伝の後ろに避難した。
「随分と手荒な真似をしてくれたな」
「なーに、君をおびき出すためだよ。これぐらいの被害は多めにみてくれ」
「それは無理な相談だ。俺は雇い主にお前を生け捕りにしろって命令されてるんだぜ」
旺伝が声を荒げてそう言うと、目の前の男が微笑んだ。
「まさに奇遇という二字熟語だな」
「何?」
意味が分からないといった様子で旺伝は聞き返す。
「私も雇い主から命を受けて動いている。その命とは玖雅旺伝を生け捕りで捕まえることだ」
なんと、両者ともに目的は同じだと言うのだ。互いを生け捕りにして、雇い主の元に連れて行くこと。
「俺を生け捕りに? なんのためだ」
「君の体の秘密だ。私と雇い主は知っているぞ」
「何の事やら」
旺伝は、男の言葉を吐き捨てた。
「惚けるな。君の体は悪魔そのものだろう。私のように」
「もういい。黙って眠れ」
痺れを切らした旺伝は麻酔弾を発射させた。弾丸は男の頭に命中して、男は後ろに向かって倒れた。旺伝は「ミッション完了」とだけ呟いて男に近づいて行った。
すると、男が突如にして起き上がって、旺伝を羽交い絞めにした。両手で強く肩を固定されて身動きが取れない。そんな旺伝に、男は耳元で囁いてくるのだ。
「そんな玩具、私には効かない。もっと強いのをくれ」
男の囁きは旺伝の精神をえぐるかのような、鋭いものだ。
「もっと強いのだと?」
苦しみのあまり、喉奥から声を絞り出す旺伝だった。
「君のが欲しい。君の本当の力が」
男は更に強く締め付けてくる。人間の力とは到底かけ離れたものである。
「いつまで寝ぼけてんだ」
「私には君の真の力を確かめる権利がある」
「何度も言わせるな。腐れ野郎」
「フッ、痛めつけが必要か」
すると、羽交い絞めから解放された旺伝は尻を思いっきり蹴られて、地面に転倒した。しかし、旺伝はその体勢のままクルリと一回転して中腰になり、麻酔の弾丸を男に何発も撃ち込む。
「喰らえ」
頭、肩、脚、全ての箇所を狙うつもりで、ひたすらに打つ。
「あん、どぅ、とろぉわ」
ところが、男は平気な顔でこちらに歩いてくる。嫌、むしろ踊っていた。こらだけの弾丸を浴びれば、たとえ象が相手でも眠りにつく筈だ。にもかかわらず、まるでダンスを踊っているかのように軽やかなリズムで接近してくるのぁ。
「ちょいちょい、どんだけ不眠症なんだよ」
そんな冗談を言いながらも、旺伝は撃ち続ける。やがて麻酔の効果が現れると信じて。




