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絶対血戦区域  作者: 千路文也
1st ♯4 ぼくらのヒーロー
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 会社員になるという事は人生を決断する事と同じだ。その決断をしたからこそ見えてくるのもあるだろうが、やはり旺伝には会社員として生きるには合わないと考えていた。なにせ旺伝は自由こそが全てだと考えているのだからだ。この先、人生という道を前進していくうえで必要なのは会社員という縛りではないというのを自分自身が分かっていた。だが、世の中は会社員になる事こそが当たり前という風潮が流れているせいで自分の夢を目指そうとする考え方を許さないのが大人達の意見だ。それもそうかもしれない。ある程度の努力さえすれば安定という二文字は掴める筈なのに、それを蹴ってまで先の見えない未来に挑もうとする子供達の考え方を大人達は理解出来ないのだろう。だが、旺伝の父親は子供に好きなようにやらせる方針を取っているのでその限りではないのが唯一の救いだろうか。


 しかし、今の旺伝は会社員という名の屈辱に塗れている。彼はどうしても借金を返済して先へ進もうという方向を見据えなければならないからこそ、会社員という屈辱に塗れながら孤独と闘っている。その身に潜む悪魔という血を根絶するためにも前向きに物事を考えないといけないのだが、社会の荒波に揉まれた事によって精神が徹底的に追い込まれてしまっていた。今までの旺伝には無かった感情が全身を流れ込んでいる。それは悪魔が成長しているからが理由なのか、それとも社会の荒波に飲まれた事が原因なのかは定かでは無いが、とにかく後ろ向きな考えが今の旺伝にあった。


 ハッキリ言って旺伝は自分の事を精神が弱いと思っている。だからこそ、癒しの存在があるかないかで、大分精神状態が違ってくるのも分かっていた。今の旺伝には癒しとなる存在がないので心から笑うという行動が出来ないでいた。今まで旺伝にとっての癒しは本を読むという行為だったのだが、それも社会人になった事によって出来なくなってしまい。今の打たれ弱い豆腐のような精神力になっていた。


 だが、ここで屈する訳にはいかないのはよく分かっている。だからこそ、弟という存在に触れようとしているのだ。


「今の俺は心に穴が空いている状態かもしれない」


 旺伝はそうだと言うのだ。心に穴が空いている状態だと。


「なんでそんなに物事を卑屈に考えるんだ?」


 その疑問は正しい。なぜならば今までの旺伝は自分の弱さを口にするような真似は一切してこなかったからだ。それ故に弟の聖人は疑問に感じてしまったのだろう。


「楽しくないんだよ。会社員として生きるのは」


 それはそうだ。自由をこよなく愛する彼が会社員という名の牢獄に縛られていては生気を失ってしまうのも無理はないだろう。


「だからさ……そんなに嫌なら辞めちまえばいいだろう」


「ところがどっこい。そう簡単にやめられないのさ」


 そうなのだ。会社を辞めるというのは一筋縄ではいかない。特に旺伝のようにラストラッシュに借金をしている身では下手に辞めると金を稼ぐ手段を失いかねないので、なんだかんだ文句を言っても今の現状が一番良いのだ。


「へえ。そうなのか」


 こうして弟と熱心に話している内にいつの間にか30分近くが経過していた。もうそろそろ出社の準備に取り掛からないと遅刻してしまう。社会人として遅刻するのはいけないと考えているからこそ、行動を移す必要がある。そう思っていた瞬間、キッチンミトンを装着したダニーボーイが大きな鍋を両手に抱えてテーブルに置いていた。ぐつぐつと煮込んでいて良い匂いをしている。旺伝は朝からあまり食べないのはいつもぎりぎりに起きて時間が無いためであり、今の旺伝のように起きてから多少時間が経過している状態の時にはその感覚は無い。むしろ腹が減ってきている。


「元気が無いときは飯を食うのが一番だ。そうだろう?」


 ダニーボーイの言葉に思わず涙が出そうになる。いつも冷酷な口調で話しているだけあって、今のような言葉はとても刺激的なのだ。


「ああ……そうだな。あんたの言う通りだ」


 それは旺伝の中で微かに活力が生まれた瞬間だった。今まではどうにもならなかったが、目の前の山の幸を見ていると元気が湧いてくるような感覚がするのだ。自分でも疑う程の食い意地っぷりであるがそれと同時に人間らしい感覚がまだ残っているのだなと確信する瞬間でもあった。


「よし。そうと分かれば食っちまおうぜ」


 こうして、聖人と旺伝は目の前の鍋にありつくのだった。



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