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目の前に佇んでいる医者は、まさに変わり者という言葉が正しいという見た目をしていた。何故か白衣は血に染まっており、両手にはドリルを持っているのだから。先程、走って逃げたヤクザが可哀想に思えるぐらいの充実した武装っぷりである。それでいて、診察室の中は何処の拷問部屋だとツッコミを入れたくなるようなグロテスクな見た目をしていた。机にはまだ血がついているハサミとメスが無造作に置かれている。その中でもひときわ禍々しく輝いているのは三角形の形をした木製の道具だ。その先端は鋭く尖っており、思わず至る箇所がムズ痒くなってくる旺伝だった。
「ほらよ、これでいいだろう?」
そう言うと、二つのドリルを診察台の上に置いていた。あまりにもあっさりと要件を飲んでくれたので、ちょっと不思議に思う旺伝だった。なぜならば、彼は人に従うような性格を持ち合わせていないからだ。あくまでも自分の私利私欲のために動き、人を助けるのは二の次という男なのだ。彼は命の恩人かもしれないが、それと同時に旺伝を悪魔と人間のハーフにしたのは紛れもなく目の前の男である。
「この男が、君の命を救った医者なのか?」
ダニーボーイが話しかけてきた。
「ああそうだ。奴の名前は徳山修造、誰よりも優れた医療技術を持っているが何故か免許を持っていない変わり者だ」
「ふんふん。私の紹介は良しとして、隣に立っている強面の男は誰かな?」
徳山は笑みを浮かべながら、ちょいとだけ首を横に置いた。
「この男は……俺のボディーガードだ」
本当の事を話せば色々と厄介な事態になりそうだったので、敢えてここはボディーガードという言葉をチョイスした旺伝だった。しかし、その言葉選びが墓穴を掘るとは、この時の彼は思ってもみなかった。
「ボディーガードか! この短時間で、そこまで偉い存在に成り上がったとは……実に興味深い話しだ。是非とも兄ちゃんの武勇伝を聞かせてくれや」
そう、徳山の知りたがりスイッチを起動させてしまった。こうなれば彼はとことん真実を追い求めてくるタイプだ。
「その話しはまたの機会で。今日は薬を貰いにきたんだ」
「何を言っているのかサッパリ分からんな。俺は目の前の真実に煽られて錯乱状態になっているのかもしれん。ほら……こいつを見てみろ」
診察台の上に置いてあった血のついたメスを手に取った。切っ先は赤く染まっているが、ところどころが青くなっている。
「なんだよ、それ」
訳が分からない旺伝は素直に問いかけた。
「神経毒を染み込ませた俺専用のメスだ。錯乱状態の俺は、何を仕出かすか分からんぞ」
なんで人を救う医者が神経毒という危険な物を持っているか定かでは無いが、この男が本気だというのはハッキリと分かっていた。なんせ目が本気なのだ。本当に真実を喋らないと切りかかってくる勢いで旺伝達を見つめている。さすがの旺伝も危険を感じてしまう。
「わ、分かったよ。ありのままを話すから落ち着いてくれ」
悪魔の力を持っている旺伝にしてみても、徳山を怒らせるのは得策では無いと感じていた。それだけ、彼が危険人物であるという証拠なのだろう。
「それと出来るだけ簡潔に頼む。俺は待たされるのが嫌いなんだからよ」
自分から知りたいと言っておきながら、この態度だ。なんで医療免許の類を持っていないのか旺伝は分かったような気がした。ここまで自分中心に考える医者が患者の意見など尊重する筈が無い。
「簡潔って。ここまでの流れを簡潔に喋れっていうのか」
困り果てていると、ダニーボーイが一歩前に出てきた。そして口を開きながら、こう言うのだった。
「悪魔討伐を依頼したのだが、この男が寸前でしくじってな。次の悪魔を討伐するまで、私がこの男の身柄を預かる事になった」
「なんだよ、そういう話しだったのか」
徳山は面倒くさそうに肩を落とすと、メスを診察台の上に置いていた。これにより部屋に張り詰めていた緊張感が解放されたのだった。




