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二人は病院の中に入ったが、受付のお姉さんなどいない。それどころか中は乱雑としていて、本当に営業しているのかと疑いたくなるような光景が目の前に広がっていた。待ちあい席は何者かに破壊されていて真っ二つに割れており、電気すら点いていない。自動販売機が荒らされた形跡があり、床には空になったペットボトルやアルミ缶などがお粗末に散らばったままだ。この病院を知らぬ者ならきっと「営業してないんだな」と思って、引き返してしまうだろう。ところが、旺伝はこの徳山病院がまだ機能しているのを知っているので先へと進むことにした。
「俺も最初は目を疑ったが、ここはちゃんと機能している病院だからな」
唖然として、辺りを見回しているダニーボーイに向かって話しかけた。常に冷静沈着で落ち着いている彼だが、さすがにこの光景は予想外だったのだろう。珍しく首を数センチ捻って疑問に感じているようだ。
「窓ガラスも割れている。これでは、怪我人が余計に怪我をしてしまうぞ」
まさしく彼の言う通りだ。この病院は一歩間違えれば危険地帯になりえるだけのスペックを持っている。天井には今にも落ちてきそうな蛍光灯がぶら下がっていて、振り子のように揺れていたりするのだから。
「それだけの危険を犯してでも、患者は来るだろうな。なんせこの近くには他の病院なんて一軒も無いんだからよ」
「成程。リスクがあっても来るべき理由があるという訳か」
ダニーボーイは得心した様子で頷いていた。
「ああ。この医者は腕だけはいいからな、性格は最悪だが」
旺伝は最後の一言を忘れずに付け加えた。
「そうか。為らばとっとと要件を済ませてしまおう」
「珍しく同意見だぜ」
こうして、二人は奥へと進んで行った。道中にも電灯など点いておらず、昼間だと言うのに不気味な雰囲気を醸し出している。そして、この崩壊寸前の病院にはあらゆる場所にゴミが落ちていて二人は尿瓶やマスクなどの病院グッズを知らず知らずに踏みながら、歩を進めている。すると、しばらく歩いたところで奇妙な物音が聞こえた。奥の扉から人の叫び声と何処かで聞いた事はあるがどうしても思い出せない金属音が響いていた。
何事かと思い、その部屋に近づいた瞬間。バンッという音と共に扉が開いて中から一人の男が飛び出してきた。彼は上半身裸で背中には漢字の入れ墨を入れていた。しかもところどころ指が欠けているではないか。明らかに堅気の人間では無い。
「うおおおおおおおおおお!」
男はそう叫びながら、一目散に逃げていった。そして入り口の扉を勢いよく開けて尻尾を巻いて逃げ出したのだ。これには旺伝とダニーボーイも不思議な様子で互いの顔を見合わせた後、恐る恐る扉の中を覗きこんだ。
「な!」
見ると、奥には両手にドリルを持った医者がマスクを被ったまま此方を見つめていた。そして旺伝には彼の外見に見覚えがあった。忘れもしない、奴こそが旺伝の命を救ったヤブ医者である。
「お前、玖雅旺伝か?」
彼はマスクを外して顔をさらけ出した。医者だというのに髪の毛はボサボサでロン毛の極みであり、口には無精髭が生えている。それでも目鼻立ち整った顔が特徴的で、その髭も良く似合っていると言えば似合っているのだが。
「と、取り敢えず、そのドリルを置いてくれないか」
旺伝は間髪入れて、そう言ったのだった。




