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調査部隊が派遣されて数時間が経過した。その間、作業員たちは手を休める事なく捜索を続けていたが、クロウの遺体は発見できなかった。これにより捜索は打ち切られる事となった。この事実に直面した旺伝は口をポカンと開けて現実を受け入れきれないという様子だった。次第に彼は全身を小刻みに震えさせ、ヘナヘナと座り込んでしまったではないか。余程、クロウの遺体が見つからなくてショックが大きかったのだろう。何やらウェアラブル端末を使って話し込んでいるダニーボーイの事もすっかり視界から消え失せ、途方もくれない絶望感を感じていた。嫌、不安と言った方が正しいだろう。『これからどうやって生きていこう』とか『また、つまらない正社員の暮らしに戻るのか』と考える度に頭の中が真っ白になる。
すると、そこにダニーボーイが駆け足で近づいてきた。そして旺伝の身体を起こしたと思うと、背中をパンパンと叩いて土埃をとってくれた。マシーンのように冷酷な男かと思ったがどうやら通常の人間性は持ち歩いているらしい。立たされて背中を叩かれる事で、少しだが旺伝の気持ちも人間らしさを取り戻していた。
「落ち込まなくて結構。ボスは次なる標的を依頼してきたぞ」
その言葉に旺伝の目が再び灯った。
「標的って……まだこの近くに悪魔がいるのか!」
さっきまでの絶望感は何処へやら。すっかり元気を取り戻した旺伝は声を荒げて問い直しているではないか。これでこそ、玖雅旺伝だと、隣のラストラッシュも喜びいさんで『うん、うん』と首を縦に振っていた。無論、太陽の如く明るいスマイルを忘れずにだ。
「我々の独自捜査により、二体目の悪魔が碩大区に降り立ったという情報を得た。君にはこの悪魔を倒して今度こそ依頼を果たしてもらいたい」
ダニーボーイの冷酷な口調が、次は無いという事を教えてくれた。恐らく、次も失敗すれば旺伝に仕事が回ってくる可能性は限りなく0に近いだろう。失敗続きの祓魔師などに用はなく、新しい祓魔師に依頼をする筈だ。なので旺伝は雇い主に感謝の念を抱いていたのだ。『もう一度チャンスを与えてくれてありがとう』という気持ちで心はいっぱいである。
「任せてくれ。今度は必ず成功させてみせるから」
旺伝が決意を現すと、ダニーボーイが何かを思い出したかのように「あ」と呟いて上空を見上げたと思うと、サングラスの縁に右手を当てながら再び顔を定位置に戻していた。旺伝はあまり人間の感情には詳しくないが、こういう時には決まって悪い事を知らされるというのは本能的に感じ取れた。
「ああそうだった。一つ言わなければいけない事があった」
彼の機械のように冷ややかな口調がより恐怖を増していた。こちらとしては何を言われるかたまったものじゃないので、どうしても受け身で構えてしまう。そういう時に人がストレスを感じるのは言うまでもない。明らかに分が悪い事を言おうとしているのに、ジッとそれを待っているのだから。
「な、なんだよ」
「もしも次の依頼に失敗すれば、代償は君の身体で支払ってもらう……と、ボスは仰られていた」
驚愕の依頼内容を聞かされた旺伝はまた頭がクラクラとして、後ろに倒れ込んだ。と思ったら、今度はラストラッシュが体を支えてくれていた。
「大丈夫ですか? 気を確かにしてください」
「お、おれのからだをつかってなにをしゅるきらー!」
寝不足と悪魔と闘った疲労が一気に体に押し寄せてきた。その結果、疲れて舌が回らずになっているという訳だ。
「君は悪魔としての一面を持っているだろう。ボスはそこに目をつけたという訳だ」
「こんな条件を飲めと言うのか、この詐欺師め」
さすがの旺伝にもこれには納得がいかなかった。
「ならば、他の依頼人を見つけるまでだ」
「ぐぬううう!」
旺伝はしばらくの間、まるで子供のように周りの人間に当たり散らしていたが、それで気持ちが落ち着いたようで、どうするのか結論に至った。自慢の高級車の前で煙草を吹かしているダニーボーイに近づくと、震えた声でこう言ったのだ。
「分かったよ。その条件で文句は無い」
「本当にいいのだな? 失敗すればお前の身体はボスの物になるのだぞ」
煙草を人差し指と中指の間に挟み込んだまま、言葉を出していた。言葉が出る度に少量の煙が口から漏れているのは言うまでも無い。
「男に二言はねえよ。それに失敗しなきゃいいんだろうが」
「では、君の活躍に期待しよう」
ダニーボーイはそう言ったと思うと、また上空を見上げながら「あ」と言ってサングラスの縁を触っていた。どうやら、まだ言い残した事があるようだ。
「今度は何だよ」
嫌々そうな口調で旺伝は尋ねていたのだった。




