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その目から放たれた眼光は、旺伝の身を焼き尽くすばかりの勢いだった。あまりの破壊力に、旺伝は刀ごと地面に吹き飛ばされて全身を重く強打された。もしも彼が普通の人間ならばひとたまりも無かっただろう。だが、彼は生憎悪魔と人間の血を持つ混合種だ。そう簡単に倒される筈もなく、再び起き上がっていた。それこそ多少の痛みはあるが、思ったほどの怪我を負わされる事も無かった。
それに、自分の身に異変が起きていると気付くのにもそう時間はかからなかった。左横と右横に何か不思議な物が見えると、目線をずらした。すると、あろうことか旺伝の両肩にはクロウと同じく翼が生えているではないか。しかも無意識の内に翼でガードしていたらしく、プスプスという音を立てて翼が言い焼き具合になっている。もう少しでローストチキンにされていたかと思うと、冷や汗が出る。……というよりも、自分の身に一体何が起きたのか不思議でたまらない。
「こいつは一体……?」
両肩に生えている翼を見ていると、不意に上空から声が聞こえてきた。旺伝は思わず上空を見上げると、クロウがあからさまに不機嫌な顔をしているではないか。
「まさか、極限状態に追い込まれる事で進化したのか」
「進化? 俺は悪魔として進化したのか」
良いことなのか、悪いことなのか、さっぱり分からない。なんせ悪魔に変身する度に寿命が減っていくという運命は変わらないので、もしかすると悪魔として進化した事により寿命が更に短くなる可能性もあるからだ。
「その通りだよ、玖雅君。ひとまず褒めておこうか」
するとクロウは上空に浮遊したまま拍手を送っている。明らかにまだ余裕が見えているようで、旺伝の事を真の敵だとはまだ認めていない様子にも思える。
「あんたに褒められても、何も嬉しくないがな」
旺伝はそう言い返すのだった。
「まさか、僕の攻撃を両翼で防ぐとはね……その咄嗟の防御に感心しているのだよ」
「何言ってんだ。昔のあんたも同じ事してたじゃねえか」
「そういえば、そうだったな。では仕切り直しと行こうか」
「今度はハンデ無しだぜ。最初から全力で行く!」
「来い。我が好敵手よ!」
旺伝はさっきのように跳躍したかと思うと、今度は空中をスケートのように駆けていた。どうやら翼での浮遊能力だけではなく、上空で歩く術まで身に着けたようだ。要するに、上へ飛ぶには翼を使い、前に移動するには足を使えばいいらしい。旺伝は短時間の内に空での移動方法を理解していた。
「スケートのように、軽やかに飛ぶ!」
好敵手の目の前まで移動すると、刀を持った手を前に伸ばした。すると今度はクロウも本気のようで、同じように武器を構えて刀の攻撃を防いでいた。彼が懐から飛ばした武器は同じく剣だ。しかし、旺伝のように武士を現す刀ではなく、どこか西洋風の形をしている。
「斬撃さえも、威力が上がっているのか。君は実に面白い相手だな」
笑っている。どうやら彼はこの戦いを楽しんでいるらしい。
「武器を出させたぜ。これであんたの全力を引きだせたという訳か!」
二人は刀と剣越しに互いの顔を見ている。それこそ、悪魔の顔としてだが、両者はきっと人間の状態の顔が見えているのだろう。それを証拠に、旺伝の眼には人間状態のクロウの顔が映し出されている。
「そうだ。僕にはもうこのレイピア以上の武器は残されていない。だが、それだけ剣術には自信があるという事さ」
瞬間。
旺伝の胸を突き刺す勢いで、レイピアが向かってきた。もしも以前の彼の形態ならば避ける事も叶わずにレイピアの剣先が胸を貫いていただろう。だが、今の彼は動体視力さえも上がっている。向かってくるレイピアの軌道が手に取るように分かり、旺伝はその身を横に移動させたかと思うと、逆に自身の刀をクロウの右胸に突き刺した。
まさに一瞬の出来事。あまりの進化っぷりに驚く事も無く、勝敗は決した。崩れゆくクロウの身体を見ながら、刀を抜いた。すると、クロウの胸元から大量の血が吹き出し、旺伝の顔が血によって汚されていく。
「君の成長には驚かされたよ……きっと、雇い主もお悦ばれになるだろう」
そういいながら、クロウは崖の下に墜落していった。何時の間にか、両者は公園を離れて山奥まで来ていたのだ。それぐらい白熱した戦闘を繰り広げていたという事になる。しかも崖の下には川の水が流れていて、奴の死体が見えなくなったではないか。
「しまった!」
気づくには遅すぎた。これで雇い主に悪魔の死体を届けるという任務に失敗した事になる。さすがの旺伝も自身の数々の失態にはあきれ果てるばかりだった。




