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ついに舞台は整った。クロウとの最終血戦を前にした旺伝は一足先に決闘の場所へと赴いていた。さすがに敵と一緒に仲良く移動する訳にはいかなかったので、先に行ったという訳である。
ところがだ。目の前には既にクロウが公園のベンチに座していた。しかもカラス達に餌を与えるという余裕綽々の態度を見せているではないか。これにはさすがの旺伝も憤りを感じながらも、なんとか感情を押さえて彼が座っているベンチに近づいていく。
「随分と余裕な態度だな。俺との戦いが怖くないのか?」
真の戦いとは恐怖心を感じるものだ。恐怖心無き戦いは何も面白みが無いので、つまらない。ところが、怖いと感じるだけで戦いの質は何倍にも膨れ上がる。旺伝はその事をよく分かっていた。それだけ強者と渡り合ったという証拠でもある。強者の実力を知らなければ、旺伝もまた戦いを好きとは感じられていなかっただろう。強き者と戦い、打ち倒す事で恐怖心さえも薙ぎ倒す。それが快感であり、それと同時に達成感が得られるのは言うまでもない。
「恐怖心は無い。むしろ心が湧き立つような感覚が全身を包んでいる。こんな感覚は久しぶりだ」
クロウが立ちあがったと思うと、一斉にカラス達が散り散りに飛んでいく。黒い羽根がいくつも宙に舞っており、クロウはその内の一つを片手で掴んでいた。まさにクロウという名前に相応しい立ち振る舞いである。
「それは良かったな。丁度俺も同じ事を考えていたところだ」
旺伝もまた、戦いにおいて愉悦の感情を抱いているのだ。それは今日で借金が返済できるという小さな嬉しさではなく、因縁の相手に今度こそ終止符を打てるという確信からくる大きな嬉しさだった。それぐらい、旺伝は自分の勝利を信じてやまない。
「今日で君とお別れだと思うと、何故だか心寂しい。本国に連れ帰った後、玖雅君を料理するのは雇い主の役目だからね。僕はお役ごめんという訳さ」
忘れがちだが、クロウも旺伝と似た内容の指示を上層部から受けているようだ。しかし、東日本に連行されるぐらいなら素直に地獄行きを認める方がよっぽどマシだと思っていた。それだけ、東日本という地は行ってはいけない場所である。それこそ、放射能で異形と化した動物達がそこら中に巣食っており、人間を食している。死体はそこら中に放置されていて異臭が鼻につく。無論、危険は異形動物達だけではない。ギャング、追いはぎ、悪魔などの無法者がうろついているのだから命などいくつあっても足りない。東日本は完全に隔離された場所であり、そこでは法律など何の意味も無いのである。
「さあ、ここで決着をつけよう」
「決着か。それが僕の存在理由」
「いいや、俺に切り倒される事がお前の存在理由だ」
旺伝はそう言うと同時に、腰に下げていた剣を抜いた。鍛冶屋の姉ちゃんに作ってもらった一級品の剣であり、切れ味は抜群である。白い刀身がまるで雪のように白くて美しい。まさに旺伝が好みのお洒落な剣だ。
「僕達は何故こうして殺し合いをしてきたのか、何故だか分かるか?」
ところが、クロウは剣に動じる事も無く話しを進めてきたので、旺伝は剣を構えたままこう答えた。
「目的じゃないか。お互い、雇い主のところに報告するという共通の目的があるだろう」
それがあるというのだ。旺伝とクロウには。しかし、ここまで長きに渡って戦いに身を投じていると、自然に殺し合いの感情だけではなく、愉悦が湧き立つようになる。それこそ達成感は相当なものになるだろう。
「その通りだよ……。それでは、今日はどちらかの息の根が止まるまで、存分に戦おうじゃないか」
クロウはニヤリと笑ったと思うと、いつもの様に本当の姿に変貌していた。両肩に黒くて大きな翼を生やし、バサバサと音を立てながら上空に浮いている。顔立ちもどこか動物的な顔立ちになっているが、それでも人間の要素がメインとして残っている。これは恐らく、放射能の影響で人間が悪魔と化したという事なんだろう。だから人間の名残があるという訳だ。
そんな事を考えながら、旺伝もまた悪魔に変身をしたのだった。




