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生姜焼き定食を気に入らない人物がいるようだが、それは大きな間違いである事をここに証明しようと旺伝は躍起になっていた。驚くべき事実だが、なんとまたもやクロウが目の前に座しており生姜焼き定食を批判する内容の言葉を投げかけてきてのだ。これには普段クールな旺伝も激怒せざる終えない。それに、ここまで長らく戦ってきた因縁の相手にボロクソに言われれば言葉を荒げるのもおかしくはない。
旺伝は生姜焼きの魅力と素晴らしさを熱弁してクロウに言い聞かせていた。その時間たるや10分をゆうに超えており、中々10分以上も休む事なく喋り続ける事は難しい。しかもその間、クロウは何も発していないので1人でマシンガントークをしていたという訳だ。これには恐れ入る。
「やれやれ……それで話しは終わりかな?」
クロウは相変わらずの能天気な口調で、海鮮丼を食べていた。なんせクロウが住んでいる東日本は放射能で汚染されており、海の魚なんて食べられない。それに比べ、西日本の海は魚介の宝庫であり、瀬戸内海から美味しくて新鮮な魚が揚がって新鮮な魚料理を食べられる事が出来る。
「ハアハア……そうだ」
肩で息をしてしまうほど、熱弁を振るってしまった。それぐらい生姜焼きを批判するクロウの事を許せなかったのだ。あまりに理不尽かつ、それでいて無駄に高貴な振る舞いをする悪魔の姿が許せなかった。明らかに人間よりも落ちついて物事を語るのが感に触る。まるで人間よりも人間らしい立ち振る舞いなのだから。
「やはり君とは相反する宿命にあるようだな。玖雅君」
そうだと言うのだ。常に敵対する運命がこの先も待っているのだと。しかし、旺伝はその気などさらさらなく、かぶりを振っていた。
「因縁はここで終わりだ。お前も分かっている筈だ」
「ああ、そうだな。私も感じている。これが最終血戦だという事を」
暖かいお茶を飲みながら、クロウは安堵の表情を浮かべていた。とてもこれから血みどろの戦いを繰り広げる様子にはとても思えない程、リラックスしている。
「そうと分かれば、とっとと終わらせようぜ。俺はもうこんな奴隷生活は懲り懲りだからよ」
正社員とは奴隷に等しい。サービス残業などこのご時世当たり前であり、給料も発生しないのに会社のために仕事をしなければならない。それこそ寝不足や不規則な生活など当たり前であり、体に異常をきたす社員が続出している。クライノートの一般社員ならば残業は御法度とされているが、今の旺伝のように幹部クラスの社員ならば話しは違うのだ。責任と同時に、有りえない仕事量が舞い込んでいる。それだけ給料もいいのかもしれないが、これで給料の少ない零細企業ともなれば話しにもならない。
だからこそ、旺伝はフリーターこそが楽しい人生を送るための絶対条件だと思っている。サービス残業が当たり前となった今の日本では到底正社員として暮らすのは厳しい。自分の時間など無いに等しく、休みの日にもいつ会社から電話がかかってくるか分からないとビクビクとした生活を送る日々。ストレスは相当な物になるだろう。
ならばいっそ、自由奔放に生きられるフリーターこそが自由に生きる道だと旺伝は結論に至ったという訳だ。そのためには早くクロウという男を倒して依頼人から約束の報酬を貰わなければ話しにならない。この借金正社員奴隷地獄(旺伝が命名)から抜け出すためには長きに渡る因縁を終わらさなければならない。
「正直言って、私も飽きてきたところだよ。逃げたり姿を隠す行為には」
クロウはとても逃げ足の速い悪魔であり、これまで何度も姿を隠して旺伝から逃げてきた。前回も瀕死の状態に追い込んだが、謎の移動方法を使われて逃げ出されたという訳だ。
「これで終わりだと信じていいんだな」
「ああ。どちらかの命が燃え尽きるまで戦いに投じようぞ」
明らかに店の雰囲気と合っていない会話内容だったが、二人はそんな事などお構いなしに喋っていた。
「その言葉を聞けて安心した。やはり終わりが見えるのと見えないのでは全く違うな」
旺伝の考え方は実に正しい。映画を見ている時でも終わりが全く見えないのハラハラして不安になってしまう。ここからどうやって終わりにつなげるんだという疑問が頭の中に浮かんでしまい、せっかくの映画に集中出来なくなってしまう。旺伝はそれと良く似た感情をついさっきまで感じていたのだ。
「食べ終わったら、決着をつけようぞ。玖雅旺伝君」
「そうだな。まずは目の前の食事を片づけることだ」
「最後の晩餐だ。良く噛んで味わって食べろよ」
「ちょい待てよ。それはこっちの台詞だったつうの」
クロウと旺伝はそう言いながら、最後の晩餐になるかもしれない御飯を食べるのだった。




