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彼女が鍛冶職人だと分かったからには、早速旺伝は彼女から剣を拝借して、ためしに振ってみた。すると、剣がこの手にしっくりとくるという感覚が全身を襲い、まるで自分の手足を操っているような不思議な感じだ。これには、さすがの旺伝の驚くばかりで目を丸くしていた。
「これは凄い。まるで神経が通っているかのようだ」
白く艶やかな刀剣を見ながら、彼は呟いていた。
「だから言ったじゃん。女だからって甘く見ないでよね」
彼女は両手を腰に置いて、自慢げな表情を浮かべていた。
「確かにそうだな。さっきの言葉は訂正させてもらう」
訂正するのだと言うのだ。旺伝は。
「さて、目的の剣を受け取りましたし、そろそろお暇致しましょうか」
「そうだな。さっきから眠気が襲ってきて立ったまま眠りそうだぜ」
サングラスの間に指を入れて、寝ぼけ眼を擦っていた。
「お世話になりましたね。今後ともよろしく」
ラストラッシュはそう言いながら、彼女に軽くアイコンタクトをして元来た道から帰ろうとしていた。それを見た旺伝も彼女にお礼を行った後、ラストラッシュの後に続いていく。眠りへのカウントダウンは着実に近づいているので、両者共に自然と速足になっていた。
「ああ……家の煎餅布団が恋しいぜ」
頭の中に浮かんでいるのは自分の部屋の光景だ。やはり仕事場のベッドよりも寝慣れた煎餅布団の方が落ち着くのが心身共に回復するのならば家の寝具で眠りにつくのが一番だ。しかし、そんな事をしている暇も時間も無いので、旺伝は我慢して会社の部屋で寝泊まりしている。会社のベッドは高級羽毛布団で、明らかに大企業らしい家具だ。普通の会社ならばペラペラの敷布団か、寝袋しか用意されていないだろうが、クライノート社は景気も上向きなだけあって、高価な寝具が用意されているのだ。しかし、旺伝は根っからの貧乏性なのか、あまり高級過ぎるのも返って落ち着かない。
「今の時代に布団で寝るのは珍しいですね。腰でも痛めているのですか?」
腰が痛い者がベットで寝るのは自殺行為である。それぐらい有りえないというのだ。
「いいや。腰は痛くないさ」
「では、何故布団に寝ているのですか?」
「ベッドを買う金が無いからさ」
それに尽きる。
「ベッドを買うお金ぐらい、私のポケットマネーから差し上げますよ」
そう言いながら、ポケットから財布を取りだそうとするラストラッシュを必死に制止するのが旺伝という人間だ。彼の家系では他人から金を譲り受けるのは最大の屈辱だという考えがあるので、おいそれと金を貰う訳にはいかなかった。
「おいやめろって。そんな大金受け取れるか」
「そうですか? では、いつか自分の力でベットを買ってくださいね」
ラストラッシュは100万円の札束を財布にしまうと、ポケットの中に再び入れていた。やはり、金持ちは財布の中身も違う。一般人ならば財布に三万円が入っているだけで「俺は大金持ちだ!」と鼻息を荒くするものなのだが。
「あいあい、分かったよ。というか……今はそれどころじゃないし」
旺伝の頭の中には溜まっている仕事と睡眠欲でいっぱいだ。もはやベットがどうとかというレベルの話しではない。眠れる場所さえあれば何でもいいという極限状態であった。それぐらい、夜更かしと12時間労働のコンボはキツイという訳である




