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祓魔師は戦いにおいて、自らの素性を相手に名乗るという風習がある。それは相手へのリスペクトを忘れないようにするためだ。それにより、旺伝は眼前にいる男を見据えていた。憎悪を持って睨みつけるとは違い、相手を値踏みしているような感覚だ。
「生憎だが俺は忙しい身分だ。戦いに時間を割いている暇は無い……」
旺伝は今にも眠りそうな口ぶりで言い放つ。それもそのはずだ。現在時刻は夜中の1時08分なのだから眠くて眠くて仕方がない。一般社会に身を置く者ならばとっくに布団の中に入って寝息を立てている頃であろう。
そんな時間帯に戦うというのだからやる気になれないのも当然だ。それに、旺伝は戦闘狂ではないので、戦わずに済むのなら何もしないのを選ぶ。そういう性格なので、あまり乗り気にはなれないという訳だ。
「そっちはそうかもしれないが、俺はやる気に満ち溢れてるんだよ。俺と一戦交えるか、それとも後ろを向いて出て行くか、選択肢は二つだぜ。さあ、どうするよ!」
この門番はやたらと声がデカく、好戦的だ。旺伝は思わず自分の弟と彼を重ねてしまった。旺伝の弟も彼のように戦闘好きで、毎日のようにバカをやっている。隣町の不良番長と喧嘩したり、オンラインゲームでマナーを守らずに暴れ回るなんて日常茶飯事だ。目の前にいる少年がそこまでやっているとは思えないが、それと似た感情を抱かせるのは間違いない。
「……分かったよ! ったくめんどくさいな」
旺伝はそう言いながら、いつもの麻酔銃を手に取って彼の額に銃口を向ける。距離にすると、およそ3メートル程度か。これぐらいならば目を瞑っても当てられる距離だ。ここ一週間、戦闘とは御無沙汰の彼だが、別に腕がなまっている訳ではない。その程度が腕が鈍っているようでは逆に祓魔師としては不十分である。
「そうだ。やるからには全力で来いよ」
片手で槍を持ち、手招きしているではないか。明らかな挑発行為だが、旺伝の気持ちは少しも揺るがない。あまりにも眠たいからか、全てがどうでも良くなっているかもしれない。
「それで、お前さんの名前はなんだ」
「俺か? 俺は秋馬鎖迅だ」
「そうか……俺の名前は玖雅旺伝という」
名乗りを終えた瞬間、引き金を引いた。すると、銃口から弾丸が一直線に飛んでいき、鎖迅の額に直撃……すると思ったが、そんな事は無かった。鎖迅に弾丸が当たっていないのだ。というよりも、弾は鎖迅ではなく、何故かラストラッシュに当たっているではないか。
ラストラッシュは派手に飛んだと思うと、次の瞬間にはむくりと起き上がり首の骨を静かに鳴らしていた。ラストラッシュに弾丸が当たったことにも驚きだが、麻酔が全く効果が無い事にも驚きを隠せない。まさに、ビックリのダブルパンチだ。
「誰に向かって撃っているのですか。私は味方ですよ」
「……どういう事だ。俺は確かに奴を標的にして引き金を引いた筈……なのに、どうしてお前に弾が当たっているんだ?」
「それは此方が聞きたいぐらいですよ。まったく、私が不眠症でなければどうなっていたか」
なんと、ラストラッシュは不眠症だったというのだ。彼は病弱だと以前にも聞いていたがこんな時にその体質が役に立つとは思いもしなかっただろう。
「なにしてんだ。俺はここだぞ」
後ろから声が聞こえたので旺伝が振り返ると、確かにそこには秋馬鎖迅の姿があった。いつの間にか後ろへ移動していた……というよりもラストラッシュと鎖迅の位置が入れ替わっている様子だ。これには旺伝も首を捻らざる終えない。
「ちょい待てよ。さっきまでお前は俺の眼前に立っていただろう!」
それはまさに、眠気も吹き飛ぶほどのトリックだった。




