山川さんは「遺憾の意」
これをコメディーと呼んで良いのか。作者自身疑問を呈せざるを得ない内容です。
この内容を楽しめる方はスナック感覚で国会中継も楽しめることでしょう(笑)
クラスの山川さんは、いつも淡々としている。
「問14の1。(x-3y)(4x-y)を展開せよ。ボーとしてる山川、答えなさい」
数学の授業中、ボーとしてた山川さん。てか目を閉じて寝てる?
先生にあてられて一瞬ハッとして、意を決した面持ちでスッと立ち上がった。
「ボーとしているということについては、定義が定まっておりません。山川がボーとしていると一概に断じてしまうことは些か問題があるでしょう。従いまして、ボーとしていることを理由として、問14の1に答えなければならないという懲罰的要求は条理上成立いたしません。こうした立場から問14の1についてはお答えすることはできません」
たぶん、山川さんは脳内でこんなことを考えていると思う。
『えっ寝てたからわかんない……。うん。ボーとしてたんじゃないもん!寝てたんだもん!ひどいよ先生!冤罪だよ』
「山川、寝てただろ?」
先生のさらなる追求に対して山川さんは苦虫を噛み潰したような表情になる。彼女は嘘を付けない。
「現在調査中の事項につき、個別の事案については答えを差し控えさせて頂きます」
『否定はしないけど、肯定もしません。テヘッ』
「目を閉じていただろう?」
「目を休ませておりました。しかしながら、目を閉じるという行為がさも寝ているかのような誤解を生みやすいということは把握しており、こうした事実を真摯に受け止め、すでに対応を検討しはじめているところであります。山川の取り組みとしては、授業中は一切瞬きをしない方針で検討を進めており、早ければ平成27年度から試行期間を経て、本格施行する予定でございます。またそのように先生が疑念を持つ要因として、生徒の度重なる居眠りが原因かと存じます。これについては、学校敷地内のコーヒー自動販売機、コーヒーメーカー等のカフェインを含む飲料を提供するいわゆる眠気覚まし設備の設置整備に向けて、引き続き各方面に働きかけ、一日も早く、先生方の不信感解消に向けた体制の確保に努めてまいります」
『私は寝てたけど、瞳を閉じるっていうのは、一般的には寝ているかのような誤解を受けることが多いよね。瞬きもせず目を閉じなければ誤解されないかも、なんてね。言ってみただけ。ところで私はコーヒーが好きなんだけど、コーヒーメーカーか自販機おいてくれないかなぁ。眠気覚ましにもなるし、一石二鳥だよっ!』
山川さんはコーヒーが大好きで、水筒の中身もコーヒーだったりする。てか山川さん、授業中は瞬きをしないって本当にできるの?あっ言ってみただけね。
「もういい。水浦、問14の1」
えっ……数学は苦手だ。
山川さんはプライドが高いのか、絶対に謝らない。数学の時間が終わり、休み時間。
「私に代わって、水浦さんが答えなければならなくなったことは、誠に遺憾であります。反省すべき点は反省し、再発防止に向け、取り組む次第であります」
『悪気はなかったんだよ。恨まないでね』
神妙な顔つきだが、頭は下げない山川さん。
うん、別に良いけどね……。ところで、こないだ貸した昼食代3500円なんだけど。
「その問題については、先日結んだ山川と水浦の間の金銭精算に関する合意の中で全面的に解決されたものと考えております」
『昨日は、「いつも山川さんには、お世話になってるし、返さなくてもいいよ」って言ったよね?ニコッ』
言ったけど、事情が変わっちゃった。今月ピンチで……そこを何とか。
「カツカレー費用3500円立替の件に関しましては、心から御礼を申し上げるところであります。山川としては、昼食代問題については、法的に解決済みという立場であり、そのような請求に応ずる考えはございませんが、今後もその厚意については、忘れることなく、続けて謝意を表し続けるものであります。また水浦さんとは現在、発展的友好関係にあり、今後さらなる経済連携強化を図る方針で合意しております。従いまして水浦さんの財政危機に際しては、1000円規模の財的援助を実施する用意があります」
『御礼はちゃんと言ったし……法的請求権は破棄したよネ?もちろん、助けてくれたことゎ忘れないよぉ?山川とミズリンゎズッ友だょ☆だからぁ……困ってるんだったらぁ……1000円ぐらいならぁ……貸してもいいよぉ♡』
本当?ありがとう!山川さんは最高の友達だよ。あれ?何か言いくるめられてないか……。いや、深く考えないでおこう。
「今後、経済連携のみならず、様々な面で連携し、共存共栄するパートナーとなることを望む次第であります」
◇
食堂にて。
山川さんは、いつも3500円もするカツカレーを食べる。
いつも高いカツカレー食べるね。何でなの?
「山川の食べるカツカレーについては、些か庶民感覚からかけ離れているのではないか、というご指摘を度々お受けしておりますので、この際、ご説明申し上げます。
機会あるごとに度々申し上げて参りましたとおり、山川は無類のカレー好きであり、昼はカレーライスを食すことが、午後からの活動の重要な要件となってくるわけであります。
しかしながら昨今の本校食堂事情については、すでに周知の事実かと存じ上げますが、食堂当局による度重なる高級路線へのメニュー改定に伴うメニュー仕分けにより、350円のビーフカレーライスの提供が廃止され、3500円のカツカレーしかメニューに存在しない状態が続いております。我々生徒の意思とは違えており受け入れ難いものであり、山川としても、サイレントマジョリティの存在を考慮した上で、担任をとおして、ビーフカレーライスの提供を求める旨の申し入れを行ってきたところでありますが、依然として解決の目処が立っていないことは、甚だ遺憾であります。
カレーの安定供給を確保する為、食堂当局が、これ以上のメニュー値上げを断行したときに備え、水浦さんその他の関係級友と連携を一層密にしていく方針であります」
『確かに高いよね。でも私はカレー好きだから、カレー食べないと力が出ないんだよね。値下げしてって担任に文句を言ったんだけど何もしてくれないの。これ以上値上げになったら、そのときはお金貸してネ!』
え、貸さないよ
「水浦さんは、山川の大切な友人である。それにも関わらず、水浦さんは、山川にお金を借りた過去を直視せず、山川が財政難に陥ったときには財的支援を行わないといった態度を露骨に示し、両者間の関係を悪化させるに至ったことは甚だ遺憾である。山川としては、継続的に交渉を続けていく所存である」
『何で?何で?貸してくれるまで諦めないよっ!』
勘弁してよ、山川さん。
◇
山川さんと喧嘩した。というより、山川さんが一方的に怒っている。
突然廊下に呼び出され、こう宣告された。
「水浦さんに対し、無慈悲な鉄槌を下す準備がある」
『わかんないかもだけど、すっごい怒ってるんだからねっ!』
え?何で何で?
「昨日、午後6時30分頃、山川は水浦と容姿の優れた女性が一緒に帰宅しているところを確認いたしました。現在、関係級友に事実確認を行うよう指示するとともに、3年B組教室内の情報連絡会議を対策会議に格上げいたしました」
『昨日、綺麗な女の人と一緒に歩いているところ見たんだから!今、芳佳と楓に頼んで何とかしてもってるもん!女子は怖いぞ~!』
見ると、山川さんの友人の女子が2人、軽蔑しきった目でこちらを睨んでいる。あれが対策会議のメンバーらしい。山川さんってちゃんと友達いたんだね。
昨日一緒に帰宅ってことは、たぶん姉ちゃんのことだろうなぁ。
山川さん、姉ちゃんとはちゃんと血が繋がってるんだよ。
「この行為が事実であるならば、みなし恋人である両者間関係において重大な背信行為であり、誠意ある対応なきときは、経済制裁、状況によっては武力攻撃を含めた断固とした報復措置を取らざるを得ないともの考えております」
『あの女だれ?どうして裏切るの?私達ってその……こ、恋人の関係じゃないけど、そんな雰囲気よね?私に見せてくれた微笑み、優しさは嘘なの?
ねぇ答えてよッ!もう許さないから。明日から無視するし、お弁当も作ってきてあげないら。状況によっては、ワタシ、病ンジャウヨ?』
山川さんは、目に大粒の涙を浮かべ、まくし立てるようにそう言って、僕の胸元に顔をうずめた。
僕と山川さんは、みなし恋人的関係だったんだね。初耳だよ。嬉しいけど。
こんなしおらしい山川さんも好きだけど、報復措置とやらが地味に怖いので誤解を解こう。
事情を話すと山川さんは潤んだ目で僕を見上げた。すぐに袖で目から出た「ナントカ洗浄液」を拭った。
「先ほどの発言が、私が嫉妬しているように聞こえたならば、誠に遺憾であります」
『別に嫉妬なんかじゃないから。勘違いしないでよ』
スカートを翻し、対策会議メンバーの元にかけて行く山川さん。
なびいた髪からは、柑橘系の爽やかな香りがした。