第五話 保安官学校の噂
「お前らはここで待っていろ、衛兵に話をしてくる」
ルメルが先に街の入口に向かった。別に入るのがそんなに厳しいわけではない、入口前の衛兵もヴァンパイアの襲来対策が主で昼の警備はおまけだ。しかし流石にデミとハルの状況は一味違うのでルメルにワンクッション入れてもらった。
しばらく立つとルメルが戻ってくる。
「どうなの?」
デミが心配そうに聞く。
「裏口から入ることになった。こっちに」
「裏口なんてあったんですか?」
ハルは驚いている。
「ああ、街の西にある保安官学校に直接つながっている小さい扉で機密性の高いものを運び入れるときに使う扉だ。元は戦時中に敵から攻め入れられた時に要人を逃がすための扉だったらしい」
「つまり、私を街の人に見せたくないのですね・・・」
「変に騒がれるのも困るからな、しょうがないだろう」
入口は馬が一頭やっと通れるくらいの小さな扉だった。閉じられている扉の前で待っていると扉の鍵が開いて中から細めの背の高い女性が出てきた。ほかの保安官に比べると服装がなんか豪華だ。
「うげっ」
ハルが声を上げる。
「ハル君そのリアクションはどうかと思いますが」
「校長自ら出てくることはないのではないですか?」
「私は校長でありながらこの街の保安長でもあるのです。変わったヴァンパイアが来たと言うなら私が出向いたほうがいいでしょう」
この人は保安官学校の校長のようだ、結構偉い人のようである。
「ハル君の処遇はともかく、ともかく問題はあなたです」
校長はデミを見た。
「は、はい!」
デミは思わず返事をした。かなり緊張感がある。
「本当に意思疎通ができるようですね、私はここの責任者のテルト・ユーリと申します。ここではなんですし中にお入りなさい、ハル君とえ~と・・・」
「ルメルです」
「そうでしたね。2人も同席願えますか?話が楽に済みそうです」
「全員注目!」
教官の掛け声とともに保安官学校の生徒が姿勢を正しくして教官を見る。ここは保安官学校の校庭だ。
「これから訓練をはじめる!」
生徒たちが一斉に大きな声で返事をする。
「そこ!何故鏡の盾をつけていない!」
「は、はい最近は持たない保安官もいると聞いたので・・・」
「あれはタダのバカ達だ!確かに盾は最近使われない。ヴァンパイアとの戦闘が夜に多いから鏡は意味がない、しかし洞窟内などヴァンパイアスポット内だと話は別だ!わずかな光があるヴァンパイアスポットで鏡の盾の反射が役に立つことがある。だから装備をして訓練するんだ。いつ使うかわからないぞ!今すぐ装備して来い!」
「ハッ!」
鏡の盾を取りにその生徒は寮に戻っていった。
「気を取り直してこれから早速ヴァンパイアに対抗する戦術を実戦形式で叩き込む!いいな!」
生徒たちが返事する。
「ヴァンパイアに対する戦闘スタイルは大きく分けて2つある!まず右手で鉄の剣を、左に太陽の剣をもつスタイル。もうひとつは両手で鉄の剣を持ちヴァンパイアを切り裂いたら太陽剣に持ち替えとどめを指すスタイルだ。どちらのスタイルにするかは各個人の判断に任せるが訓練では両方のスタイルをマスターしてもらう!」
生徒たちは真剣に教官の話を聞いていた。
「ではまず両手に持つスタイルだ!全員とりあえず構えてみろ!」
2つの剣を抜いて生徒が構えてみる。みんなバラバラだ、今日が初めてなのでしょうがない。
「まあ初めてだからしょうがない、私が見本を見せるからそれに合わせること!」
また生徒たちが大きく返事をした。
デミたちは校長室に案内された。この学校は保安官の拠点に併設されている。昔は軍の駐屯地だったそうだ。
「なるほど、事情は大体分かりました」
「テルトさん、デミのように今まで人の心を持った、もしくはそれに近いヴァンパイアを見たことはありますか。知っていることだけでもいいのですが・・・」
ルメルはテルトに聞いてみる。
「残念ながらデミさんのような事例は聞いたことはありません。まれに異型のヴァンパイアが目撃されることがありますが・・・」
「そうですか・・・結局私は何者なのでしょうね」
「キショーの大学であれば何かわかるかもしれませんね。一応連絡を取ってみます」
「ありがとうございます」
「デミさんについてはこれ以上話が進みそうにありません。次の話題に移りましょう」
テルトはハルを睨みつける。
「は、はひぃ!!」
ハルは鳥肌が立っていた。
「入学早々無断で街を出るとはいかがなものでしょうか」
「ご、ごめんなさぃ!」
「故郷がヴァンパイアに襲われた。気持ちはわかりますが感情に左右されては困ります」
ルメルはやれやれと息を吐いた。デミも呆れているようだ。
「あなたは一週間の停学処分といたします。それまで外出禁止、いいですね」
テルトは「いいですね」部分だけ迫力を込めていった。ただでさえオーラが強いのに怒らせるとそのオーラの強さが増す。ハルはたじたじのようだった。
「それとデミさん、あなたは牢でお願いいたします。本当は客室を用意してあげたいのですが立場上そうするしかできないのです」
「あ、はい大丈夫です。牢屋は慣れています」
ハルとルメルはその発言に不思議そうな顔をした。
「ルメルさん、あなたは今日もこちらで?」
「はい、明日には次の勤務地に向かいます。今日は厄介になります」
「いえ、こちらこそ決定が遅れてしまい申し訳ないです」
どうやらルメルもここに泊まるようだ。
デミは牢屋に入れられた。前回と違うところは鍵がかかっているところである。
食事は出されたがあまり食べられなかった。
「まあこんな状況になっちゃたら食欲もなくなるよな」
見張りの保安官が同情するが
「そうではありません、精神的な問題ではなく肉体的な問題です。この姿だとあまり食べられなくて」
「そうなのか、役に立たないけどいい知識をもらった、ありがとよ」
「ええ、こちらこそ・・・」
時折用もないのにデミの元に人がおとずれる。この体が珍しいのはわかるがデミの体は見せものではない。デミはイライラしていた。
一方ハルは寮の部屋の中にいた。
「それで、彼女のために戻ったのかい?馬鹿だなぁ、まあ彼女が無事でよかったじゃないか」
ルームメイトのサツが茶化してくる。
「サツ、言っておくけど彼女じゃないよ」
「またまたぁ」
彼女ではない、しかしサツはどうしてもそっちの方向に持っていきたいようだ。
「だけど彼女、ちょっと危ないかもしれない」
「どういうこと?」
「いま噂になっているのだが、彼女がキショーに送られるかもしれない」
「それはそうだよね、デミのことよくわかるかもしれないし」
「それはどうかな?先生たちはあまり彼女のこといいとは思ってないみたいだよ」
「それって・・・」
「ハル、君が彼女のことをどう思っているのかは知らないけど少なくても先生たちは彼女をヴァンパイアとして認識しているみたいだ」
「まさか、デミを・・・」
ハルの顔が青くなっていく
「今学校ではその噂で持ちきりだ、最も真実かどうかはわからないけど・・・」
「ありがとうサツ、教えてくれて」
ハルはどうすべきか考えていた。保安官側がデミをヴァンパイアとして殺すならそれは許せない。どうしても阻止したかった。
「そろそろ寝よう、消灯時間過ぎているし明かりがついていると怒られちゃう」
サツは明りを消した。
「起立!礼!着席!」
「では午前中の講義を始めます」
テルトが黒板の前に立つ、彼はここの座学の講師もしている。もともとキショーの町にある大学で講師をしていた。ヴァンパイアの出現以降はヴァンパイアの研究の第一人者となりヴァンパイアの退治の方法を確立させた人でもある。今ではヴァンパイアの対抗手段などを教えるためにこの保安官学校で教鞭をとっている。
「昨日も言いましただが力だけではヴァンパイアに勝てません、正しい知識を持って初めて勝てるのです」
そう前置きをして話を始める。
「ヴァンパイアを倒すためには鉄の剣で切った後にその傷に太陽剣を突き刺せばいいとはみなさんご存知だと思います。ただし必ずしもそれが最善とは限りません」
因みにこの教室には本来ハルもいるはずなのだが停学中なので席は空いている。
「首や足を切断できればヴァンパイアの行動を制限できます。ヴァンパイアの数が多い場合や太陽剣がない場合などはこちらが有効です。しかし近年使われる短剣ではヴァンパイアの体を切断することは困難です。昔は長剣だったので切断しやすかったのですが・・・そのうち長剣を使った訓練をやるでしょう。いつも装備しろとは言いませんがわかる場所に備えておくのがいいでしょうね。ところで・・・」
テルトは教室の一角を見つめる。
「ヌーネくん、講義中に居眠りは感心しませんね・・・」
「うにゃ・・・」
「ヌーネくん・・・」
「は、はぬ!」
「返事ははっきりとお願いします」
「はい!」
「あなたはお仕置きでもされたいのですか?」
「あ、ご飯抜きだけは勘弁してください!」
ヌーネは何とも言えない表情のままテルトを見る。
「腹が減っては戦ができぬといいます。戦うものにご飯抜きにはしませんよ」
「ほっ・・・」
「ですが学校全体の掃除はやってもらいましょうか、体も鍛えられるでしょう。」
「あ・・・・あ・・・・」
ヌーネはもう声が出なかった。
夕食の時間だ。ハルは食べながら周りの話し声を盗み聞きしていた。
「あのヴァンパイア、やっぱりやっちまうのか・・・」
「キショーに送るとか聞いた。体をあちこち調べられるのだろうな。」
「生きたまま解剖もあるかもしれねえ・・・」
憶測が多いが余りいい噂ではない。ハルはデミに伝えようと思ったが「停学中だからおとなしく部屋にいろ」と教官に怒られてしまった。あくまで外出禁止なので校内を歩く分にはいいと思うのだがケジメというものがあるのだろう。
ハルが保安官になるのを志したのは昔、デミと森まで行った時である。ヴァンパイアが出るので村の外に行くことを禁じられていた。しかしデミは村の外が気になった。特に村の北にある森に行って見たかったのである。ある日2人は村を抜け出して森に行くことにした。正確にはデミが無理矢理ハルを連れ回したに等しい。2人は道をそれて森の中まで入ってしまった。案の定ヴァンパイアと遭遇した。ハルは初めて見るヴァンパイアに腰が抜けてしまった。その手をデミが引き2人は逃げ出したのである。なんとか陽の差す道まで戻りことができ無事に村まで戻ることができた。その後2人が叱られたのは言うまでもない。ハルは自分が情けなくてしょうがなかった。森に行くデミを止められなかったこと、ヴァンパイアが出たときにデミを守れずに逆にデミに手を引かれていたこと。この日にハルは保安官になることを決意した。今度は自分がデミを守るのだと。
「あなたに聞きたいのだけどヴァンパイアは太陽以外に弱点はあるのですか?」
デミの牢屋の前にはテルトが来ていた。横には見知らぬ女性が立っている。どうやらデミに対していろいろと質問しに来たようだ。昼間は彼女が寝てしまうので夜に来たのである。
「太陽は弱いと思います。以前より眩しく感じるので光にも弱いと思います」
「最近の研究だと太陽でなくても単純に熱に弱いのではないかと言われ始めているのだけどどう感じますか?」
「わかりません、ただ昨日焚き火をしたときは少し炎が熱く感じたかなー、どうでしょう?」
「そうですか、あなた食事は?」
「人のものを食べます。以前より食べなくなりましたが体を激しく動かすとお腹がすくみたいです」
「あなたが人を噛んだらどうなると思います」
「やってみたいとも思いませんね、ヴァンパイアになっちゃうかもしれません。ただヴァンパイアに噛み付いたらそのヴァンパイアは破裂しました、風船のように・・・」
「破裂した?なるほど・・・よくわかりました。今日はこの辺にいたしましょう、おやすみなさい」
「はい、おやすみです。私は起きていますけど」
テルトと一緒にいた女性は牢屋から離れる。デミは質問攻めで疲れてしまった。少し横になるが眠気は来なかった。昼寝ならぬ夜寝をしたかったのだが・・・
・・・・・
「彼女のことどう思いますかイリバ先輩」
「わからないね・・・」
テルトとイリバと呼ばれた女性は廊下の片隅で話している。消灯時間なので静まり返っている。
「彼女の体は外面的にはヴァンパイアに噛まれてヴァンパイアになる途中の人間に似ているわね。一番考えられるのは噛まれてからヴァンパイアになるまでが極端に遅いのではないかしら」
「私もそう思います」
「そうなると一番怖いのは彼女が完全にヴァンパイアになった時ね、熱が効かないヴァンパイアになる可能性がある。その彼女が人を噛んだら・・・想像したくないわね」
「倒すべきですか?」
「そうするのが妥当だけど彼女は話ができるわ、ヴァンパイアのことがわかるチャンスだし取りあえず明日に私の研究室に運ぶことにしましょう」
「申し訳ありません、本来は後輩である私がキショーに向かうべきなのですが・・・」
「私は案外暇だし構わないわよ、それでは明日に備えて寝ましょう」
「はい、それではイリバ先輩おやすみなさい」
「あら、一緒に寝ないの?」
「寝ませんよ!いいから寝てください」
「残念・・・」
イリバは寮の一室である。客室に入った。昨日までルメルが使っていた部屋である。ルメルは昼間のうちに次の勤務地に行ってしまった。ハルとデミに挨拶がしたかったのだが叶わなかった。
「さて、私も眠ることにしましょうかね・・・おや?」
テルトは部屋の一室を見た。ドアが開いている、確かハルとサツの部屋だったはずだ。中を覗いてみるが2人は眠っていた。明かりも消えている。
「鍵もかけずに半開きとは、無用心ですね・・・」
テルトはドアを閉めた。鍵がかかるようになっていて基本的に寝るときは鍵をかけている。マスターキーを取り出すとテルトは鍵をかけた。世話が焼けるものである。
「おい、今の聞いたか?」
サツがハルに声をかける。二人は狸寝入りしていたのだ。
「うん、聞いた話だとデミは散々聞かれて散々調べられて殺されちゃう」
ドアをすこし開けてテルト達の話を盗み聞きしていたのである。バレないように明りを消していたのだが危うくバレてしまうところだった。
「タイムリミットは明日だね。いつ頃出発するかな?」
「キショーはここから北東に行った場所にある、多分途中でモニの村を経由する、昼間までに出れば夕暮れまでにはモニにつくけど朝に出る可能性もあるね」
「じゃあとりあえず早朝から起きてから見張っておくよ」
「やっぱり助けるの?」
「当たり前だよ!」
デミを守りたいとハルは言いたかったがサツのからかう顔が想像できたのでやめた。
「悪いが俺は協力できないけど大丈夫か?」
「うん、こんなことやったら退学じゃ済まされないからね。僕ひとりでやる」
「じゃあもう寝よう、明日は早い」
2人は眠りにつくことにした、明日に備えて。