第四話 ただいま、そして行ってきます
夜明けの後、チュートとデミは保安官の詰所に戻った。すぐにチュートは町人が待機している浜辺や海上に向かっていった、ヴァンパイアを撃退したことを知らせるためである。
デミはというとものすごくお腹がすいていた。たまらず詰所にあったパンをかじった。自由に食べてもいいと言っていたし別にいいだろう。食べたせいか少し眠くなってきた。デミがうとうとし始めたころ、チュートが戻ってくる。
「デミ、夜通しで疲れているだろうが出てきてくれ、町の人たちが会いたいってさ」
眠い目をこする、小さなあくびが出た。ポーとしながらデミは詰所をでる。そこには大勢の人たちがいた。デミを見ると歓声が上がる。
「おお、今晩の英雄の登場だ!」
「ヴァンパイアと戦うヴァンパイア!いいねえ!」
「この町を助けてくれてありがとうございます!」
デミは囲まれてしまう、チュートがデミの活躍をかなり美化して言いまわしたようだ。しかしデミはとてもいい気分だった。
それから町のホールで朝からパーティが開かれた。主役はデミにチュート、そして殉職したオデである。デミは出された料理をこれでもかというくらいに食べた。先ほどパンを少しだけ食べたとはいえまだまだペコペコだったのである。昨日は食欲がなかったのに不思議なものだった。港町だけに魚介類が多くとても新鮮、そしてとてもおいしかった。
チュートは町人からジョッキに酒を注がれている。
「俺はそれほど酒が強いわけではないのだが・・・」
そう言いつつもチュートは酒を飲んでいた、顔が赤くなっている。
人生で一番食べたのではないかそれほど食べた。やがて皆が去っていく、仕事もあるし何よりこれ以上食べられない。
チュートがあたりを気にすると横にいた町人に声をかけた。デミは疲れがたまっているのか横で眠っていた。
「そういえばハリス町長はどうした?この場に来て話の一つしてほしかったのだが・・・」
「ハリスさんはもう仕事していますよ。あの方は忙しいですからね、昨日があんな調子だったので仕事がたまっているのでしょう」
「デミに感謝の一つくらいいいだろ、普通は町長直々に感謝状とか出すもんだ。」
「まあ、今回のハリスさんはかなり頼りなかったですがね。何かあったのでしょうか?」
「しかしこの町のヴァンパイアに対する危機感がないと思う。あとの祭りになっちまうかもしれないがヴァンパイア対策はしっかりするべきだ、デミがいなかったら本当に全滅だったぞ」
「確かに今回の件で町の人はデミ以外にヴァンパイアを見ていません。私もヴァンパイアを見たことがありませんし危機感はなかったと思います。実際オデさんがやられてしまいました。プロの人でさえ消えてしまうのに私たちでは歯が立ちません。確かに危機感持つべきでしょう」
「その口ぶりだとデミがヴァンパイアみたいな言い方だな。言っておくがデミはヴァンパイアではないよ、あいつは人間だ。正義感あふれる人間だ。ただ見た目が少しだけみんなと違うだけだよ」
「そうですね・・・」
昼の頃、朝っぱらから始まったパーティも終わりデミは昨晩ヴァンパイアと戦った町の入口にいた。プロの町人に迎えられている。
「デミ、いろいろ世話になったな」
チュートはデミ目を向けた後、顔を横に向ける。そこはオデが倒れた場所である。まだ少しだけ炭が残っているが日が暮れるころには跡形もなくなっているだろう。
「じゃあ、ナーカに戻ります」
「いいのか?」
「一度この目で確かめたいのです。それに私がどうなっているのかも知りたい」
「いつでも歓迎するよ、もし何かあったらいつでも頼ってくれ、できる限りのことはする」
「ありがとうございます」
「ナーカの村はその道をまっすぐ進めばいい、一本道だし迷うことはないだろう」
「うん、じゃあ行ってくるね!さようなら!」
デミは振り向く、そして歩き出した。
後ろからチュート、そして町の人達が手を振りながら声をかける。デミは時折顔を向けながら町の入口が見えなくなるまで手を振った。
デミは北へ、ナーカの村に向かう。もともと商業用の道なので結構整備されている。分岐もなく確かにこれなら迷う心配もなさそうだ。しかし問題は別にあった。
「眠い・・・」
かなり眠い、パーティの時も途中で眠ってしまった。チュートに起こされなければ朝まで寝ていたかもしれない。
「もしかするとヴァンパイアだからかなぁ」
昨日体を動かしたところデミは運動力も上がっていたがその分持久力はヴァンパイアほどではないにしろ落ちていた。歩いている分には問題ないが動き回るとかなり疲れるしお腹がすく。これからヴァンパイアと対峙するようなことがあるならばなるべく動かないほうがいいだろう。
それに夜は眠くなかった、しかし今現在は眠い。ヴァンパイアの夜行性の部分が引き継いでいるのかもしれない。浜辺で起きた時は意識がはっきりしていたがあの時は状況がわからなくて混乱しているうちに目が覚めたのだろう。
問題はもう一つあった。
「眠い、そして肌が痛い」
デミは思わず独り言をつぶやいた。肌がチクチク痛む、ちょうど日焼けしすぎたよう、いやそれ以上である。肌に悪影響がないか心配である。青い斑点があって異常な肌ではあるがやっぱり女の子なのでそこには気を使いたい。これもヴァンパイアの影響なのだろう。
しばらく日陰や夜を狙って行動したい。目も眩しく感じた。やっぱりヴァンパイアは日光が苦手のようである。
この体、便利になったところと不便なところで満ち溢れていた。まだ慣れるのに時間がかかりそうだ。
ナーカの村の壁が見えてきた。村がとても静かだ、とても人がいるようには見えない。
村の扉は半分空いていた。中に入ってみると建物はあるがゴーストタウンのようだった、人の気配もなければヴァンパイアの気配もない。大方の予想通り村は壊滅したようだった。デミは呆然とそれを見ていた。
北の方角から音が聞こえてくる。この音は馬の音だ、誰かが村に来たのだろう。デミは小屋の影に身を隠した。自分の姿を見たらたいていの人は驚くだろう。
・・・あれはハル!
馬の上に乗っていたのは幼馴染のハルだった。ハルはあたりを見回している、顔色はあまりよくなかった。ハルはこちらを見る。
「誰かいるのか?」
デミはそろ~と顔を見せる。ハルは顔がひきつる。
「デ、デミ?」
「う、うん・・・」
「どうしたんだよ、それじゃまるで・・・」
「うん、なんか変にヴァンパイアになっちゃって」
デミは今までのことを簡単に話した。ヴァンパイアに噛まれてこの姿になり、そのままプロの町まで流されてヴァンパイアと戦って戻ってきたことを。
「それでここまで戻ってきたんだ」
「うん、やっぱりここの村はダメだったみたい。これからどうしよう」
ここに一人で住もうか、それともプロの町まで戻ってみようか、デミは今後どうするか悩んでいた。
ガタッ
日もだいぶ西に差し掛かった頃、近くの物置小屋から物音がした。
「なんだろう?」
「ヴァンパイアかもしれない、僕が様子を見てくるよ」
ハルが二つの剣を構えて物置小屋に向かう、まだ日は出ているがあの小屋なら日を遮るには十分だった。
「待ってハル!私も戦える、さっきヴァンパイアと戦ったと言ったでしょ!」
「だけど!デミを戦わせたくないよ、デミは女の子なのだから。それに僕は保安官になるんだ。頼りない、頼りないかもしれないけどでも頼って欲しいんだ。」
ここまで言われてはデミも黙るしかなかった。多分ハルをここまで保安官に固執させたのはデミに原因があるのだ。
ハルは物置小屋の扉に耳をつけた。中からヴァンパイアのうめく声が聞こえた。間違いないここにヴァンパイアが潜んでいる。
「もう夕方だ、日が暮れるとこっちが不利だし今のうちに片付けよう」
ハルは物置小屋の扉を開けた、鍵はかかっていなかった。
「いた!光を見て奥に行ったけど」
ハルはしゃがみこんで中の様子を伺う
「確かに奥にいるね、物陰に隠れてこっちを警戒しているみたい」
デミがハルの横に座って言う。
「よく見えるね。僕はもう見えないよ」
「ヴァンパイアになって夜目が聞くようになったのかな?」
デミは赤い右目だけで見てみた、先ほどよりもよく見える。これは便利だ。
「ハル、やっつけるのでしょ?どうするの?ここまで暗いと戦うのは危ないよ」
この状況だと暗いところでも見えるデミが戦うのが最善だ。しかしデミはハルに活躍させたかった。
「おびき出せればいいけど・・・」
ハルは考えているその横でデミは立ち上がると小屋の屋根までジャンプ一発で飛び乗る、人間業ではなかった。
「デミ、今の・・・」
「このくらいは朝飯前になったかな?あまり動きすぎるとお腹がすくからその後にご飯だけど」
「それで、屋根に乗ってどうするの?」
「ハルはそこで構えていて、思いついたこと試してみるから」
デミは思いっきり足元を蹴った。激しい音と共に屋根が崩れる。かなり大胆かつ豪快だ。
「デミ!ちょっ!」
「屋根がなくなれば明るくなって戦いやすいでしょ?」
「こんなに壊してどうするんだよ!」
「・・・どうせこの村はもう誰もいないよ」
「・・・・・・」
ハルもデミも無言になった。しかし、それはすぐにかき消されることになる。中にいたヴァンパイアが声を上げたのだ。ハルは気を取り直して剣をかまえる。
ヴァンパイアが苦しさのあまりか小屋から出てきた、小屋を出たほうが日光が多いのだが中で蒸し焼きにされるのはゴメンだったのだろう。
そのヴァンパイアの姿を見てハルとデミは口を開ける。
そのヴァンパイアはハルの父親であるバルトだった。肌は青くなっているしシワが増えているが間違いない。
バルトだったヴァンパイアは煙を出しながらのたうちまわる。ハルもデミもとどめを刺せなかった。一体どのくらいの時間が経っただろうかやがてバルトは動かなくなった。
「とうさん・・・」
ただ2人はその光景を見ているしかなかった。
「ハル、夕日を見に行こう」
デミが唐突に行った。
「なんで・・・」
ハルはしゃがみこんでそのままうつむいていた。
「私が見たいからだよ。昔みたいに見に行こう、早くしないと日が沈んじゃう」
ハルの手を無理やり引っ張ってデミは歩き出した。デミのお気に入りの夕日が見える丘まで1分とかからなかった。
2人は無言で夕日を見ていた。とても寂しく見えた。今の2人の気持ちがそのまま夕日に写っているようだった。ここから見る夕日はとても綺麗でデミのお気に入りの場所、昔はハルの手を引っ張ってよく来たのだが最近はデミ一人で見ることはあっても2人でみることは少なくなった。デミはハルを元気づけるためにここまで連れてきたのだが帰って気まずい雰囲気になってしまったようだ。
「デミ、ありがとう・・・」
そんな時ハルがポツリといった。救われた気持ちになった。
日が暮れてすぐに2人は食事をとることにした。ランプであたりを照らし、そして住居から食材や太陽石を拝借しデミは簡単な炒め物を作った。ハルは美味しそうに食べた、デミも少しだが食べた。
「やっと日差しから解放された!」
「やっぱりその体だと日差しは厳しいの?」
「うんチクチク痛いし眩しいし正直ヤダ」
「そういうものかぁ」
ハルがそういった時、馬の走る音が聞こえてきた。音が大きくなると声が聞こえてくる。
「おい!ハル!いるんだろ!」
聞き覚えのある声、ナーカの保安官・・・いや、元ナーカの保安官であるルメルだ。
「ルメルさん!こっちだよ!」
ハルの声に気づきルメルが向かってくる。
「!?」
ルメルはデミを見ると顔が引きつっていた。
「また・・・説明しないとダメなのかな?」
もう何回目だろうか、デミは面倒くさそうに自分の状況を説明した。ハルがフォローを入れてくれたのでさっきよりも楽に説明できた。
「とりあえずジョウォルに行ったほうがいいだろう、あそこには保安官がたくさんいるしデミのことが何かわかるかもしれない。もともとハルをジョウォルに連れ戻しに来たんだしな」
ハルはジョウォルの保安官学校に着いたときにナーカの村にヴァンパイアが押し寄せてきたのを知って学校を抜け出してきたのだ。ルメルはハルを追っかけてきた。
「えっと・・・僕、どうなります?」
ハルが恐る恐る聞く
「停学は免れないかな?入学初日に脱走なんて聞いたことがない」
「脱走って・・・」
「意外といるものだぞ、訓練も座学も厳しいからな」
「停学で済むならいいじゃない」
デミはそう思った。停学ならまだ保安官になれる。
「それに保安官にならなくてもヴァンパイアと戦う道はある。退学でも大丈夫さ」
「退学は勘弁願いたいです」
「それじゃあ抜け出さなきゃよかったでしょ、気持ちはわかるけど・・・」
「とにかく明日の朝にジョウォルに向かうぞ、ハルもデミも話は付けておくさ」
「私、町に入られるかな・・・」
「僕も学校に戻れるかな・・・」
深夜、焚き火のあかりの横ではハルとルメルが眠っていた。デミは見張りをしている。焚き火は暑く感じた。
一応ヴァンパイアの気配はないが念のためである。ハルは自分が見張ると張り切っていたが「私、夜行性だからむしろやらせてよ・・・」と押し切った。昼間はどうも眠い。
結局この夜にヴァンパイアを見ることはなかった。この村に来たヴァンパイア、そしてこの村でヴァンパイアになった者のほとんどはプロの町に行ったかもしくは北の森に行ったのだろう。
翌日簡単にご飯を食べると三人は村の北側の入口にいた。入口の扉はしまっていたが一部が破壊されていた。プロの町に比べると壁も扉も頑丈に作られているのだがここから突破されたのだろう。ただ扉が開いていたのが気になった。誰かが村の外に逃げようとしたのだろうか・・・
ハルとルメルはそれぞれの馬にまたがった。デミはハルの馬に相乗りさせてもらった。
「しっかり捕まっていてよ、落ちるから」
「うん、大丈夫」
デミはハルの腰にしっかり捕まった。馬が歩き出す、今からジョウォルまで昼過ぎにはつく、朝一に出発したのでそれほど急ぐ必要はないようだ。
しばらく進み森に差し掛かった、ハルが後ろを見るとデミが眠っていた。ハルはベルトでハルとデミを結んでおいた。走っているわけではないので落ちる心配はないだろう。
この森はヴァンパイアスポットである。昼間でもヴァンパイアが出る可能性がある。商業用に森の真ん中に道が作られておりその周辺の木は切られている。道自体も整備されているのでここを進んでいれば安心である。たまにひょっこり現れる時もあるらしいが・・・
「うめき声が聞こえますね」
道の端からヴァンパイアらしき気配がする。
「どうせこの道には出られない無視して進むぞ」
「倒さなくていいのですか?」
「馬鹿野郎、こんな場所のヴァンパイアを退治し始めたらキリがない」
ヴァンパイアスポットのヴァンパイアを倒すことはヴァンパイアの拠点を制圧するに等しい。かなりの危険が伴うためよっぽどな理由がない限り行われない。成功したとしてもしばらく経てば別のヴァンパイアが住み着くので意味がない。森がなくなればいいが森林資源のためにも森の木をすべて伐採するわけにもいかないし洞窟なども鉱山資源の関係上塞ぐわけには行かない。
「それに恐らくこの森にいるヴァンパイアはナーカの住人だった者の可能性が高い。お前はそれを倒せるのか?」
ハルは黙り込むしかなかった。昨日の父親も結局自分の手で倒すことができなかった。ただ日光で焼かれるのを見ていただけだ。
「やっぱりな、そのようじゃ保安官にはなれないぞ。状況によっては家族や仲間を殺すことになる場合もある、俺だって自分の手で噛まれた仲間を殺したことがある。俺だって辛いさ、だけどそれくらい心が強くなくちゃダメだ。技術や力だけでなれる仕事じゃない」
「僕は・・・まだ弱いです。そう思います」
「ああ、頑張れよ・・・」
森を抜けた。先に大きな街が見える。ジョウォルが見えてきた。
「起きて、そろそろ付くよ」
「むうぅ・・・」
デミはハルに起こされた。気づいたら眠っていたようだ。
「うーん、あれがジョウォル・・・大きい街だね」
「この辺では一番大きな町だな、お店がいっぱいあっていい街だぞ。二人とも出歩けるか心配だが・・・」
保安官学校があるジョウォルはそれだけ保安官の数が多くヴァンパイアに対抗する一種の拠点である。60年ほど前に起きた戦争では本当に重要拠点だったらしい。敵軍から身を守るために作られた城壁は今やヴァンパイアよけだ。ジョウォルに行けばデミの体のことがわかるだろうか、何がわかるのか、何が起こるのかは行ってみないとわからない。