第三話 河口の町プロⅡ
ゴーン・・・ゴーン・・・
プロの町に鐘の音が響き渡る。町の入り口から放たれたその音は海上の船の上からでも聞き取ることができた。避難のために出された船の上にいる人の多くは子供や女性ばかりだ。船の数が限られているので必然的にそうなった。船上の人たちは心配そうに町を見守る。
プロの町の町長であるハリスもその船のひとつに乗っていた。彼はもともと船乗りだった。貨物船の船長としてあちこちに船を出していた。たくさんの仲間もいた。
泳げないヴァンパイアは海で見ることはない。一見ヴァンパイアに無縁に思える人物であったが実は彼もヴァンパイアに襲われたことが一度だけあった。
12年前に港町で一夜を過ごしたとき、狼のヴァンパイアが一匹船上に入ってきてしまったのである。狼のヴァンパイアは船乗りたちを襲った。乗組員の実に半数がヴァンパイアになってしまった。
のちに「ヴァンパイアシップ事件」と呼ばれるそれは人間が初めてヴァンパイアになった事件だった。 今まで誰も見たことのない人のヴァンパイア、それも仲間たちである。ハリスはこの事件のトラウマから船乗りを引退した。
しかし船は彼のすべてであった。それを忘れられず彼は貿易町、それにヴァンパイアの危険の少ないプロの町で今までの経験を生かし入港管理の仕事に就いた。結局のところ船なしでは生きられない人間だったのである。取りつかれたように仕事をする彼を町の人はとても働き者と彼を慕いそして頼った。
ある時、彼は町長の選挙に出馬するように懇願された。押しに負けて出馬したところ彼の人気は素晴らしく圧倒的な差で当選、プロの町長として町を動かした。
町長になっても入港管理の仕事は続けた。二足のわらじで毎日目の回る日々であったが彼はとても充実していた。
次第に彼の記憶からヴァンパイアの存在が消えていった。この町の壁がだんだんとその機能を失っていったのに重なるところがある。
しかし今、町にはヴァンパイアが来ている。町人の多くはヴァンパイアの恐怖を知らない。
そのためか船に乗るほとんどの人が落ち着いている。むしろ非日常なこの日を楽しんでいるようにも見えた。
周りから見ればハリスは異質に見えるかもしれない。ハリスは海の恐怖には慣れっこだがヴァンパイアの恐怖は恐怖のままである。ただ忘れていただけだ。
「駄目だ、私は町長だ。ヴァンパイアに対してはオロオロしてしまったが、町長として、船乗りとして何かしなければ」
ハリスは心に決めた。しかしながらこの船は現役の船乗りが舵を取っている。一様遭難用具も持ってきているのだが天気も安定しているし流されて遭難なんてことは起きなさそうだ。
町長としてのスキルも皆がハリスを不審がっている今では役に立たなそうだった。
ハリスは自分の無力さを呪うのであった。
鐘の音はデミの耳にも入っていた。まさか連日同じ音を聞くことになるとは思っていなかった。
心配だった。それはデミ自身の心配でなくチュートやこの町の人に対するものだった。
ヴァンパイアはナーカの方角、つまり北から来るであろう。この町に土地勘はないがおそらく北は海と逆方向。
デミは父親が噛まれた瞬間を思い出した。そのまま逃げてしまったのでその後どうなっているのかはわからない。しかし実の父がヴァンパイアになるところを想像したくなかった。
デミは母親の顔を知らない、デミが生まれてすぐに亡くなったそうだ。
今まで母親のことをよく聞いいたことがなかった。結局わからずじまいだ。
今、自分はどうなっているのか。知りたくなってきた。
デミは牢屋を出た、どうせ鍵は掛かっていない。
止まっていられなかった。自分や故郷の人、そして父親のような人をこれ以上増やしたくなかったのだ。デミは歩き出した、ヴァンパイアが来ているであろう北へ。
プロの町の入口、ここでは2人の保安官がヴァンパイアの集団と退治していた。
チュートの懐にヴァンパイアが迫る。チュートは一歩下がり鉄の剣で腹を切りつけた。
ヴァンパイアが一瞬ひるむ、すかさずその傷に太陽剣を突き刺した。
太陽剣でヴァンパイアが焼けるとは言っても太陽剣は刃をもたない。
ヴァンパイアに太陽剣を直接押しつけてもなかなか焼けてくれないのでヴァンパイアを倒すには特殊な戦い方が求められる。
まず鉄の剣でヴァンパイアに傷口をあけ、その傷口に太陽剣を突き刺すのだ。こうして内部から焼くことでヴァンパイアを数秒で焼くことができる。
ヴァンパイアが完全に動きをやめたのを確認してからチュートは太陽剣を抜いた。ヴァンパイアがドサッとその場に倒れる。
後ろではオデが3体相手に苦戦していた。チュートはすかさず助太刀に入る。
「すまねえ」
「まだ1体だ、気を緩めるな!」
チュートの背後からヴァンパイアが襲いかかる。それをチュートは右によける。
ヴァンパイアはそのまま倒れこんだ。ヴァンパイアは持久力がない。一度激しい動きをしてしまえば数秒動けなくなる。
相手が一体ならその隙にとどめを刺すのだが今回は数が多い。すぐさま次の相手が来た。とどめを刺す暇がない。オデは迫りくる二体のヴァンパイアに連続で切りかかった。ヴァンパイアはよろめくがとどめを刺す前に次が来る。
これでは埒が明かない。ヴァンパイアは切りつけると一応ひるむ。しかしすぐに太陽剣を振るわなければ傷はふさがってしまう。これだけ多いとやってもやり直しの連続である。
「くっ、厳しいな」
オデが愚痴る。
「時間がかかってもいい!しかし町には1体も通すな!」
しかし、言ったそばから町の入り口にヴァンパイアが3体向かって行ってしまった。
2人は数体のヴァンパイアに囲まれ思うように動けない。
「しまった!」
オデは叫ぶ。入口の扉は補強した程度である。頑丈になっているとはいえこの数が同時に壊しにかかれば扉は壊されるかもしれない
二人は周りにいるヴァンパイアを押しのけ入口に向かう。間に合うか・・・
その時、見張り台の上に赤い光が一つ、そして何らかの影があった。
その影は飛び降りる。人としては少し小柄なその姿は
「お、お前は!浜辺のヴァンパイアもどき!」
オデが叫ぶ。
「デミ!馬鹿!牢屋に居ろといっただろ!」
正体はデミだった。赤い光は彼女の右目だったのである。彼女は少しとぼけた顔をしている。
構えるデミだったがヴァンパイアはデミを通り過ぎて扉を目指す。ヴァンパイアに仲間だと思われているのか・・・
「私を!無視しないでよ!」
デミは通りすがったヴァンパイアの一体の右腕を掴むとそのまま投げた。
鈍い音がしてヴァンパイアは5メートルほど吹き飛ぶ。ヴァンパイアは衝撃で動けないようだ。
チュートは唖然とそれを見ていた。「ボサッとすんな!」とオデの声がなければやられていた。
残りのヴァンパイアの目がデミに向く、流石に向こうにも敵と認識されたようだ。
残りのヴァンパイアが同時にデミに向かう。
デミは右手で片方のヴァンパイアの腕をつかむともう片方のヴァンパイアに投げつけた。
ヴァンパイアが呻きながら倒れる。
「なにもんだよ、お前!」
「私が聞きたいよ!」
「だが使えそうだ。」
オデの顔が少し明るくなる。
「戦わせる気かよ!?」
チュートは叫ぶ。
「私は構わない!もうこれ以上悲しい人を増やしたくない!」
「デミ・・・」
「チュートさん!どうすればいい!」
「首を切断しろ!切られて動けなるようなところでもいい!」
この方法は太陽剣が出来る前に用いられていたものである。
ヴァンパイアは夜であればすぐに傷は回復する。しかし流石に切断されれば回復にはかなりの時間がかかる。首を切断されれば噛まれる心配は極端になくなる。足や手を切られれば簡単には動けなくなる、そのまま日の出まで動けずに焼かれるという寸法だ。最も切断されようが生きたままである。再生速度もヴァンパイアによって異なるので油断は禁物だ。
デミは首を切断することを試みた。向かってきたヴァンパイアの頭に乗り首を爪できってみた。しかし傷はつくが切断には至らない。ヴァンパイアのようになったとはいえそこまで爪は伸びていない。ヴァンパイアを吹き飛ばすくらいなら簡単なのだが・・・
チュートとオデは相変わらずヴァンパイアたちに悪戦苦闘していた。なかなかヴァンパイアにとどめをさせずにいる。止まってくれさえいれば太陽剣で倒せるのだが・・・
チュートはヴァンパイアと間合いを取った時に少しデミの方を見た。デミはヴァンパイアを吹き飛ばしたあと首を引きちぎろうとするがなかなかうまくいかない。
チュートはハッとした。
「デミ!首を飛ばさなくてもいい!ただそこらへんにいるヴァンパイアを蹴散らしてくれ!」
「え!?でもそれだと倒せないでしょ?実際数秒で起き上がってくるし・・・」
「オデ!デミが吹っ飛ばしたヴァンパイアにとどめを刺すんだ!」
「なるほど!そういうことか!」
デミとオデはチュートの考えていることがわかった。デミがヴァンパイアを吹き飛ばし太陽剣を持つチュートとオデが起き上がる前にとどめを刺す。効率的にヴァンパイアを倒せるはずだ。
それから状況は一変した。次々にヴァンパイアを倒し残りも減っていく。デミは目の前のヴァンパイアに右拳で頭に殴りかかった。ヴァンパイアは後方に吹き飛ぶ。それを見たチュートはすかさずそのヴァンパイアに馬乗りになる。胸に鉄のナイフで切りつけるとその傷に太陽剣をねじ込んだ。ヴァンパイアが傷口から煙を出して悶える。そしてその動きが止まった。残りは2体。
デミは次のヴァンパイアの後ろから足首をつかむ。ヴァンパイアはたまらず転ぶ、デミは掴んだままの足首を思いっきり自分の反対側に投げた。今度はオデが止めをさしに向かう。
「コイツは行けるぞ!」
オデは高らかに言った。チュートもデミもそう思っていた。
最後のヴァンパイアはデミに向かう。デミは迎え撃った。ヴァンパイアのみぞおちに一発肘打ちをする。その時
「うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その声はヴァンパイアの発した声ではない。ヴァンパイアならもっと鈍いうめき声のような声だ。じゃあこの声は・・・
デミは振り返る。それは信じられない光景だった。
その声はオデがヴァンパイアに噛まれて発した声だった。
「そんな・・・」
「オデ!!!!」
チュートは絶望のような顔と声で思わず叫んだ。
もう一体ヴァンパイアがいたのである。ヴァンパイアの1体が岩陰に隠れていたのだ。目の前のヴァンパイアに夢中なオデの死角をついて襲ってきたのだ。
オデは倒れる。
「おのれえええええええ!!」
チュートはオデを噛んだヴァンパイアに斬りかかる。ヴァンパイアはひるむがすぐに体制を立て直す。そこに更に鉄の剣の追撃。そしてバツの字の傷となったヴァンパイアの腹に太陽剣を刺した。ヴァンパイアは呻きそして崩れ落ちる。
デミは先ほどみぞおちに一発お見舞いしたヴァンパイアが起き上がらないように顔を踏みつけていた。チュートは無言でそのヴァンパイアにとどめを刺した。
残り一体、先ほどオデが仕留め損なったやつだ。チュートがヴァンパイアに駆け出す。
「チュートさん!作戦が違う!」
オデがやられてチュートが我を失っている。このままでは逆にやられてしまうかもしれない。デミが向かう。
チュートは胸に切りかかる。しかしヴァンパイアは紙一重でそれをかわす。そのまま鉄の剣を持っている右手に噛み付こうとする。
「!!!!!!」
デミはチュートを押した。ギリギリだ、ヴァンパイアの噛み付きは空振りに終わる。
ヴァンパイアはバランスを崩している。
「すまん、俺としたことが・・・冷静さを失っていた・・・」
デミはそれを聞き流していた。デミは最後の一体向かう、体制を立て直したヴァンパイアも向かう。この時、デミは何を考えていたのか?どういうわけなのか?しかし気づいていたらこの行動に出ていた。
噛み付いていた。
なんで噛み付いたのかわからない。本能のままに行動したというのがしっくりくるようだ。ヴァンパイアの右腕に噛み付いていた。
悶えていた。苦しんでいる。ヴァンパイアは明らかに嫌がっていた。それを見てデミはさらに力を込めて噛み付く。ヴァンパイアに異変が起こっていた。ヴァンパイアの全身がむくんできている。風船のようだ。デミは思わず口を離す。
ヴァンパイアは倒れ、そのままもがき続ける。
そして破裂した。まるで空気を入れすぎた風船のように・・・
「な、なんで私がヴァンパイアに噛み付いたら破裂したの・・・」
チュートもその光景を見ていた。唖然として・・・
とにかくプロの町に襲ってきたヴァンパイアはすべて退治したようだ。
チュートはオデに向かう。デミもあとに続いた。チュートの顔は見えないがその背中はえらく小さく見えた。
「どうしたの?」
「オデを・・・オデを殺さなければならない・・・」
理解した、デミは理解した。ヴァンパイアに噛まれればそれもまたヴァンパイアになってしまう。今は気を失っているオデだが起き上がればそれはヴァンパイアになった時である。既に皮膚に青い斑点がで始めており、それが徐々に大きくなっている。
チュートは鉄の剣とかざす。そのまま数秒動きが止まるが決心したのか心臓に突き刺す。傷口と口から血が出てきた。チュートはゆっくりと太陽剣に持ち替え再び突き刺した。
煙がオデの体から出てくる。まだヴァンパイアとして起き上がっていないためか焼けるの時間がかかっていた。
しばらく経つ、オデの体は炭になっていた。
「本当にどうしようもねえ奴だったよ、お前は。いつもサボってサボってサボることしか考えていねえ奴だった。それなのに今日はすごいやる気でさあ、だから今日はすんげえ頑張ってくれるんだろうなと思ってたのに。思っていたのにこれだよ・・・本当にどうしようもない奴だよ・・・」
チュートはそのまま座り込んでいた。デミは目を伏せてそのままだった。仲間が仲間を殺すところを見たくなかった。それに今のチュートもそっとしてあげたかった。
「行こうか・・・お前はお手柄だよ、お前がいなかったらこの町は全滅だったかも知れない・・・」
しばらく経ってチュートは立ち上がった。そして町の門を開ける。
「デミ、町の奴にお前がヒーローだって伝えないとな。主役はオデだが・・・」
「うん、ありがとう・・・」
チュートとデミは入口からプロの街に入る。ちょうど朝日が昇ってきた。
とっても綺麗な朝日だとデミは感じた。きっとチュートもそう思っているだろう。