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第二十三話 人とヴァンパイア

ザッザッ


 谷の一部が小さな上り坂になっていた、ここから谷の上に登ることができる。ここから登らなければアスロ村にはたどり着けない、デミはブレイの時のように待ち伏せがいないように祈りながらヴァンパイアとともに一列で登り始めた。

「待っていたよ、デミ」

「ハル・・・」

谷を登りきって辺りに平野が広がった。そして平野にあるのはひとつの影、ハル。ものすごく遠いところに軍隊の一団がいるがこっちに来る気配はいないようだった。

「・・・・・」

デミはヴァンパイアを谷に引き返すようにした。ヴァンパイアはおとなしく来た道を巻戻していきこの広い平野の中には小さな影が2つ向かい合っていた。ヴァンパイアをここに残しておくのはとっさの時にブレイの時のようにヴァンパイアの助けを借りないためである、ハルをヴァンパイアにはしたくなかった。

「デミ、人間っていうのは何なんだろうね。最強の動物である人間は最強で有り続けようとする・・・」

「ハル、ヴァンパイアっていうのは何なんだろう。かなわないと分かっているはずなのに人間に対してあらがおうとする・・・」

人間とヴァンパイア、それぞれがそれぞれの生き方に疑問を持っていた。王座に君臨するものとそれに抗うもの、この関係に・・・

「デミはもうヴァンパイアになってしまった・・・身も心も・・・」

「違うよ、私は生まれた時からヴァンパイアだった。ただそれに気づかなかっただけ、そして気づかなかったから私はヴァンパイアであることを認めたくはなかった。ヴァンパイアでありながら人間であろうとしていた」

「ヴァンパイアと人間は相容れない・・・」

当たり前のことだった。人間にとってヴァンパイアは敵であり驚異である。ヴァンパイアにとっても人間は敵であり驚異であった。立場違えど考えていることは皆同じである。

「人間が光ならヴァンパイアは影、光と影は消して交わることはない。中間なんて存在しない・・・私は人間にできた影だった・・・」

「だから今ヴァンパイアとしてここに居るの?」

「そう、これはヴァンパイアとしての私の行動。私はヴァンパイアだから・・・人間に交じることなんてできない。ヴァンパイアはヴァンパイアとして生き抜くために人間に戦いを仕掛ける」


 デミは頭の先から指の先、そして足の先まで力を入れた。デミの体内にいるワームが蠢き始める、手は大きく爪は鋭くなり足は獣のように安定した細さと力強さを得た。そして歯はヴァンパイアらしく大きく、刃物のように鋭くなっていった。この姿を誰が人間だと思うだろうか、100人中100人がこれを凶悪なヴァンパイアと思うだろう。

 対するハルは太刀を抜き、腕から腰を経由して足首にかけて力を入れた。太刀は熱気を帯びて辺りに熱戦を放つ。ヴァンパイアを睨むその眼差しは恐怖の振動ではなく勇気の波動を放っていた。これは人類が絶対王者であることを示すための勇敢な姿でありヴァンパイアにとってはこれ以上ない恐怖の姿である。


「僕は君と戦いたくない、今だって一緒にいられればどれだけ幸せかと思っている。でも僕は人間だから・・・人間だからこの地位を守りぬく!」

「私はヴァンパイア、人間なんて我がままで強欲な奴なんかじゃない。そんな醜いものに殺されるなんて嫌だから黙って殺されはしない・・・勝てなくてもあらがってみせる!」

一人の人間と一体のヴァンパイアが摩擦で擦れ合って小さな火花が散らばった。本当に小さな火花だったがその火花は夜の平野を明るく照らした。




 5mばかしの距離をあけて2人は時計回りにゆっくり回る。火花がちったがお互いに様子見を繰り返していた。

「・・・・・」

「・・・・・」

お互いが無言のまま回り続ける、一体どれほどの時間が経ったのだろう?数秒だったのかもしれないし数分だったのかもしれない。

お互いが無言の理由は同じであった。どんなことがあっても例え人間とヴァンパイアであっても2人は子供の頃からの幼馴染であることには変わらない。人間とヴァンパイアの戦争が起ころうとその事実は揺るがないのだ。

「来てよハル、このままじゃ何も始まらないし終わらない」

「デミ、早くしないと夜が明けちゃうよ」

ほぼ口だけの挑発を済ませたあともにらみ合いながら一定の距離を保ち続けていた。そこから数秒たって厳しいデミの表情が変わる、それは決意を決めた表情ではなく閃きが生まれた表情だった。

そこからデミとハルの距離が変わった、デミは突如距離を詰めていく。

「な!」

ハルの構えていた太刀に力なんて入っていなかった。デミは太刀の刃を埃のようにすり抜けて左肩に噛み付く。

「ぐわあ!・・・・うっ」

ハルがデミの頭を掴むが鋭い歯は離れてくれなかった。ハルの肩に雫が一滴落ちていく、この場には雨どころか雲ひとつない満天の星空だった。

しばらく噛み付かれたままになってハルは重大なことに気がつく、ハルは未だに意識があるのだ。ヴァンパイアに噛まれればワームが脳をジャックしてしまうために一時的に意識がなくなるはずである。そのはずなのにハルは未だに意識があった。

「デミ、それは・・・それは本気なの!?」

もちろん当の本人であるデミも気がついている。デミのワームは増殖しないし相手のコントロールもしない、つまりワームを送り込んだところで意味はないのだ。ヴァンパイアとしてデミは戦わなければならない、でもハルは傷つけたくない。そのジレンマを解消する方法がこの噛み付きだった。ヴァンパイアの代名詞ともいえる噛み付きをハルに対して行えばヴァンパイアとしての示しになるしハルの姿は変わらない。しかしハルはこの行為に意味なんてないと感じていた。

「デミ、離してよ・・・これに意味はない・・・」

ハルは片手で太刀を振るった。この太刀は両手剣だし体勢も悪かったので満足に振るうことはできなかったがデミの左手首を切断した。もちろん体勢が悪いとはいえある程度狙っている。デミを殺さない程度の場所を斬ったのだ。

「熱い!」

デミは思わず口を離した。切断面からはジュージューと煙が上がっている。このままでは導火線のように焼ける範囲が広がっていくと思いデミは左腕を根っこから引きちぎった。メキメキと皮膚がちぎれる音とバキボキと骨の砕ける音が小さく聞こえる。ハルは思わず目をそらした。

「ハル、さっきの攻撃に意味はないと言っていたけどその言葉をそっくりそのまま返すよ。私はこの程度では死なない」

引きちぎった左手をデミは後ろに投げる、ちぎったあとからは既に新しい腕が血液の脈動を震わせながら生えてきていた。


 それからは“意味のない攻撃”を無言で繰り返していた。しかしこの世には意味のないものなんて存在しないし存在してはいけないのである。意味のないと思われた噛み付きも斬撃も繰り返していくうちにその小さな意味が積もり重なって目立ってくるようになっていた。

デミは明らかに回復のペースが落ちていた、息も切れている。いくら突然変異の最強ワームとはいえ限界はもちろんあった。あたりには切断した手首足首に引きちぎった腕足が散乱している。それぞれが煙を上げて視界をわずかに遮っていた。ゴロゴロ転がっているそのパーツの数だけデミは再生しているのである。ワームの密度は少しずつではあるが減少しているので回復のペースは落ちるのも当然だった。

ハルもその体に変化が生じてきている、噛み付かれた場所が一部薄い青色になっている。いくら増えないワームといえど噛み付かれるたびに送り込まれているのでハルのワームの量は少しずつ増えてきている。辺りにはデミの切り落とされた残骸から出る煙が出てるにもかかわらず視力がよくなっているように感じた、ワームが増えたことによって夜目が聞くようになっているのである。

文字通り塵の攻撃が積もっている。この状況で何かの衝撃が起これば塵が粉塵爆発をおこすだろう。

「・・・・くぅ!」

「・・・・つっ!」

デミの回復が不完全になりハルの体の変化が少しずつ見える。2人の動きがゆっくりになっていた。お互いがそろそろ限界であることはわかっている。

次に動いたほうが勝ち動かなかったほうが負けるのだ。もちろん動いたとしてさっきのチリのような攻撃ではなく正真正銘の攻撃でなければならない。どちらかが本気を出せば直ぐにこの決闘は決着がつく。


 ハルとデミが同時に動き出す、ハルは太刀の刃先をデミにむけて文字にならない言葉を発しながら突撃する。デミは無言で口を大きく開きながら突撃していった。

「・・・・・!」

デミはハルの二の腕あたりを噛んでいた、結局のところ今までと同じチリのような攻撃。そしてハルの太刀はデミのヘソの部分を貫通していた。

「覚悟が、出来なかった・・・」

「僕は・・・覚悟した」

2人の決着がつかない理由は覚悟だった。幼馴染と対抗する覚悟が足りなかった。覚悟なければこの戦いに勝てるわけがない、先に覚悟を決めたのはハルだった。最後まで覚悟を決めることができずに結局手を抜いた、手を抜かずに全力でデミにぶつかった。

「デミ、ごめん・・・」

「謝るとは思っていなかったよ・・・」

太陽太刀の一突きはデミにとって致命傷レベルであった。デミの声が消えかけの線香花火のように弱いものになる。ヴァンパイアお得意の再生能力は働かなかった。

デミは刺されたお腹を抑えながら後退りをはじめる。ハルはデミに引っ張られるように前に進んだ。昔ハルを連れ回して手を引っ張っていたのを思い出す。

「デミ、このままだと落ちる・・・!」

「・・・・・」

後退りをやめたその地点はもうあと一歩下がればクナ谷に真っ逆さまの場所だった。

「落として、私が自ら落ちたら意味がない。ハルが落として・・・そしてこの戦争を終わらせて・・・」

ヴァンパイア自身ではなく人間が殺してこその今回の戦争だ。とどめは人間であるハルが刺さなければ意味がないとデミは感じたのだった。遅れはしたがデミも自分が死ぬという覚悟を決めた。

「・・・・!」

覚悟を決めたハルに躊躇なんてものは無かった。ハルは無言で太刀ごとデミを押した。

「人間の意志と覚悟に・・・乾杯。ヴァンパイアにゃかなわない・・・」

お腹に太刀を突き刺したままデミは暗くて底の見えない谷の中を落ちていった。どこかでぶつかったのだろうかグシャりと鈍い音がした。


こうして戦争は終わった。

人間の勝利にヴァンパイアの夜が終わった。

戦争の勝敗は1人のたよりない少年と1体の奇妙なヴァンパイアによって決まった。


そして夜が明けた。






― チュート・アイレ様 ―

 僕のことを覚えているでしょうか?デミ・テールの幼馴染のハル・プロテークです。

プロの町長に就任したと聞いて驚き、こうしてペンを握った次第です。就任おめでとうございます。あの“人鬼戦争”から早くも2年が経とうとしています。つい最近のできごとのように感じるのに時の流れは早いものです。


 僕は現在キキの街に駐在しています。キキは保安官のベルー派の本拠地として大きく成長しました、逆に廃墟と化したキールとは大違いです。現在では統合された保安部とギルドですが戦争後は内部対立が表面化しており困っています。結局のところ人間は敵がいないとまとまらないのです。


 一応は人鬼戦争を終わらせた英雄と言われている僕ですがその対応はひどいものです。なぜなら僕は無許可でキキを出ることができないのです。駐在扱いですが実際は幽閉に近いものです。

それもそのはずで未だにデミの死体が発見されていないのです。ヴァンパイアであるデミの死体は焼けて残らないのですがデミの場合は熱に多少強いヴァンパイアということで死体が残るのではないかと保安部が搜索にあたっていますが未だに見つかりません。それどころか僕があの時デミに突き刺した太陽太刀ですら見つからないのです。保安部は僕がデミを逃がしたのではないかと疑っていてそれでこんな目にあっているのです。

見つからないのはデミだけではありません、ナナネルズ・ポンシーエです。ヴァンパイア側のスパイ疑惑として手配書が出回っていますが行方は分からないままです。彼女のことなのでどこかにあてがあるのかと思いますが僕にはそれがわかりません。彼女は今どこで何をしているのでしょうか、案外ひょっこり出てくるのかもしれません。


 ヴァンパイアは人鬼戦争のあとはとてもおとなしくなりました。新たなリーダーを立てることもせずにバラバラに散っていったのです。人間のヴァンパイアも数が減っており今最も見られるヴァンパイアはネズミや虫などの小さい生物ばかりです。そのヴァンパイアも人里から遠く離れたところに住むようになったのでヴァンパイアを見かけることは少なくなりました。せっかく太陽太刀が量産できるようになったのに残念なことです。ヴァンパイアはあの戦争で人間にはかかわらずに生きることを選んだようです。

それだけではありません、キショー大学のイリバとロンドという2人の科学者によって遂にヴァンパイアワームに対するワクチンが開発されました。デミの増殖もコントロールもしないワームを解析して作られたそうです。ネズミを使った実験では既に成功していて今後は人間を使った臨床試験を行うようです。ヴァンパイアに万が一噛まれるような事態になっても助かる見込みが出てきました。


ヴァンパイアはもう過去のものになろうとしています。


 デミの存在もあるのでしょうが僕はヴァンパイアが悪だとは思っていません。彼らは生きるために戦ったのです。無差別にヴァンパイアを狩る人間を見て生きるために戦ったのです。そう考えると我々の行っていたヴァンパイア退治はとても残酷なものだったと思います。ヴァンパイアはワームに感染した動物です。つまり人型のヴァンパイアは元人間であり人間と変わらないのです。ワームに感染した人間を退治するということは人間を差別して虐殺していたのと同じです。


 これは僕の願いといった方が近いのですがデミは生きているのではないかと思います。もちろんあの時僕が手を抜いたわけではありません、でも僕はそれでも彼女に生きていて欲しいと思います。殺してしまいましたがデミは僕の幼馴染であり最高の友人であったことは変わりありません。この気持ちはなんでしょうか?

ともあれチュートさん、町長就任おめでとうございます。なるべく実際に会ってお話がしたいのですがキキに幽閉されているこの状況では叶いそうにありません。迷惑な話かもしれませんがもしデミやナナを見つけたらプロに匿って欲しいです。彼女達には今居場所がありません、居場所を作ってやってください。

あの時なぜ僕がデミを刺すことができたのか今考えてみると不思議です。ただあの時は必死だった、生きるため生き残るためというよりは変えるためだったと思います。この戦争を終わらせるために、ヴァンパイアを本来あるべき姿に帰すために。僕は覚悟した、全てを壊すことを承知で僕の正しいと思うことをした。あの時僕を動かしたのは覚悟だった、その覚悟がデミよりも少し上だっただけ。この世を変えるのは覚悟なんだと今は感じています、覚悟があったから今があるのだと思います。


ハル・プロテークより


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