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第二話 河口の町プロⅠ

 河口の町プロ、ここは河口に広がる港町であるここでは魚介類はもちろんのこと各国からの貿易物なども集まる。ここに集まった物資は宿村であるナーカの村を経由して商業都市であるジョウォルの街まで運ばれる。ヴァンパイアは泳げない。そのためヴァンパイアが現れて以降も貿易や運搬に水路が使われる。むしろ最大限に水路を使い最低限の陸路で各地に物資が運ばれる。


 そんなプロの街にある日の朝、伝書鳩により知らせが来た。受け取ったのはこの街の保安官だ。

プロの町の保安官チュート・アイレはその知らせを聞いてパトロール中である相棒であるオデ・ブラッドを呼び寄せた。オデはたいそう不機嫌そうだ、どうせどこかの酒場でサボってグダって寝転んでいたのだろう、オデはそんな奴だ。

 保安官は基本町や村に3人いることになっている。しかしこの町は川に海にと囲まれていており泳げないヴァンパイアに襲われる心配が比較的少ない。そのためこの街では2人の保安官が常駐していた。全体的な保安官の数が少ないのが現状であり水が近い場所や人口の少ない場所は保安官の数が少ない。


「全くどうしたんだよ、こっちはこっちで忙しんだよ」

オデは椅子に重そうに腰掛けるとチュートは神妙な顔つきで手紙の内容を語った。

「ナーカの村がやられたらしい、知らせによるとかなり危ないようだ」

「ナーカが?あんな大層な石壁に囲まれていたのに?」

さすがのオデも顔つきが真剣に変わった。

その手紙はナーカの保安官が鳩に託したものだった。ヴァンパイアの出現以来文通には鳩を使うのが一般的だ。その手紙には殴り書きで“ヴァンパイアが集団で襲来、事態最悪”とだけ書かれていた。よっぽど緊急事態だったようである。

「この頼りが来てから一時間ほど経つが未だ続報がない、これはもしかして・・・」

チュートはそれ以上喋るのをやめた。想像したくなかったのである。

「仮にそうだとするとヤバイな、ここからナーカまでそう離れていないぞ。もしナーカの村の住居などにヴァンパイアが身を隠しているのならここまで一晩で到達するだろう」

過去にヴァンパイアによって壊滅した町や村はそのままヴァンパイアスポットになることが多かった。住居や枯井戸など人の住む場所には日よけになる場所が意外と多いからである。巷では皮肉めいてそのような町をヴァンパイアタウンなんて呼んでいる。

 ナーカの村から北にあるヴァンパイアスポット、通称”ナーカの森”からプロの町まで一晩で行くことはできない。しかしナーカの村からプロの町にはヴァンパイアの足でも5時間くらいで行ける可能性がある。しかもそれまで一本道なのでヴァンパイアがそのままプロまでくる可能性も高い。ナーカの村がヴァンパイアタウンになったとすればヴァンパイアにとってプロの町が射程に入ったようなものであった。


「オデ、俺は今から町長に話をつけてくる。今晩にも、今晩だからこそヴァンパイアが来る可能性が高い。この知らせが本当ならナーカの村に入り込んだヴァンパイアの数は相当、それら全てがやってくるとは限らないが万全を期したほうがいい」

「そうだな、俺は入口を見張っておく、昼間来るとは思えないが正直プロの壁はもろい上に穴だらけだからな、即席でもいいからバリケードは必要だろ?」

「サボるなよ」

「サボるわけないだろ・・・今日は・・・」

「今までサボっていたこと、やっと認めたか・・・フフ・・・」

2人の保安官はそれぞれやるべき事のために動き出した。



チュートはこの町の町長の元に急いだ。基本アポなしでは会えるような人ではないが状況が状況だ。ドアを乱暴に叩き貿易船の船長と話している町長に強く目を見つめ

「ハリス町長、協力をお願いします。」

一言だけ語った。部屋にいた船長は突然の状況にどうしていいかわからないようだ。オロオロしている。

「お、おいチュートさん、今は・・・」

「今晩、ヴァンパイアがプロに襲来する可能性があります」

その言葉にハリスは青ざめた。水辺が多く近辺にヴァンパイアスポットもないプロの町では未だヴァンパイアが訪れたことは一度も、一体もなかったのである。本来ヴァンパイア避けのために設置される壁も平和ボケしていたこの街ではほとんどその機能を失っていた。

「な、な、何故そう言える!そんなわけがなかろう!ヴァンパイアだって?なぜ今日来るとわかる?お前にはヴァンパイアのお友達がいるというのか!?」

ハリスは明らかに動揺していた。ここは自分がなんとかしなければならない。

「詳細はあとです。ヴァンパイアは日の出ているうちは動けません。日没まで時間がありますしそれまでに壁の応急処置を施し夕方からなるべく多くの人を船で沖に、ヴァンパイアは泳げません」

「わ、わかったお前に全てを任せる。ただし、ただしな?この町の一人でもヴァンパイアにされてみろ!お前を殺すからな!」

「命に変えてでもこの町を守ります。既にオデが壁の修繕を行っていると思われます。町総出で修善を急ぐようにそちらからも呼びかけてください。」


平和で活気のあるプロの町もこの日は別だった。しかし不思議とパニックになる者や暴動などが起こることはなかった。日没まで時間があるからかそれとも平和ボケしすぎているせいなのか。


オデが壁の修繕を、チュートが船の準備をしているさなかの事である。港にいたチュートのもとに一人の住人が大慌てで駆け寄ってきた。

「保安官さん!保安官さん!大変なんだ!」

「何があった、言ってみろ」

「えーと・・・来てくれ!とにかく来てくれ!」

「何があったのかその口で喋ってくれないか?こっちも判断に困る。」

チュートの言葉も届かず彼は無理やり腕を掴まれ引きずられるように河口そばの砂浜に向かった。一体なにが起こったのやら・・・



砂浜には既に人だかりが出来ていた。その中央だけがポツンと空いている。

チュートはその人だかりをかけ分ける。どうやら誰かが倒れているようだった。


“誰かが倒れている”と思ったが“誰かではなかった”何だこれは?

話によれば先ほど川上から何かが流れてきたこと思ったらコレが打ち上げられたらしい。

目の前に横たわる“ソレ”はヴァンパイアに見えるが・・・こんな感じだったか、違うようにも見える。しかし人間と捉えるには少々厳しいところがあった。見たところ15~6の女の子に見えるが手の大きさや爪の鋭さはむしろヴァンパイアに近い。

 人なのかヴァンパイアなのかよくわからないモノだった。ヴァンパイアならこの日差しで焼けて灰になっているはずだが・・・

正体がわからない以上どうすることもできない。息があるようだし害があるようならすぐに処理したいところだがコレが人間だった場合それができない。保安官であっても実行犯以外は殺害できないのである。チュートはオデとハリスに連絡するように頼み、そして人々に離れるように取り計らった。

 しばらく経つとハリスが、遅れてオデがやってきた。オデは例のヴァンパイアまがいのものを見たあとすぐに壁の方に戻ってしまったが町長は残り続け「起き上がる前にさっさと倒してしまえ」やら叫んでいる。人たちに抑えられている状況だ。一方一般の人たちは物珍しさのためか見物に来るが意外にも落ち着いていた。ハリスはいつもならそのカリスマで町をまとめ上げ船の出入りなどの管理をしているのだか今日は使い物にならなそうだった。正直すぐにでもどこかに行って欲しい。頭を抱えるチュートの姿を気の毒に思ったのか何かに理由をつけてハリスを連れて行った。ありがたい限りである。


日が昇りお昼の頃、チュートが街のパン屋から貰ったロールパンを頬ぼって空腹が満たされたその時、横たわるソレがピクっと動き始めた。

辺りに緊張が走る。




起きた、デミは起きた。朝が弱い方であるデミだがこの時ばかりは一瞬のうちに起きた。

起き上がろうとしたがそれは妨げられた。短剣?

よく見ると20後半くらいの年齢の男が右手で鉄の剣を喉元に突きつけていたのだ。左手には太陽の剣も構えている。保安官のようだ。

 辺りにどよめきが走る。ここは砂場だろうか。

人々はコソコソと話しているようだが誰も話しかけてこない。このままでは進まない、なにか話さないと殺されるんじゃないのか、そもそもヴァンパイアに噛まれて川に落ちたのは覚えているのになぜまだ意識があるのか・・・


 「そ・・・そのぉ・・・」

デミは話しかけようとした、人々は一斉にデミに注目した。目と口を丸くして。

「お前・・・喋れるのか?」

剣を突きつけた保安官らしき男が語りかけた。喋れる?どうしてその質問が来る?

男は剣を下ろす。辺の人も少しだけ落ち着いているようだ。

「お前は人なのか?どうなんだ?」

質問の意味がわからない、デミは起き上がった。起き上がった時に彼女の前髪が目線に入った。

おかしい、私の髪は金色だったはず。村でも綺麗な金髪だと自慢だった。

その髪が黒い、ところどころ元の金色が混じっている。

 次に手を見た。ふた回り程大きくなっている。爪は伸びそして鋭い。肌の所々に青い斑点がある。

自分で見てみても異型だ、ここの人たちが恐れるわけである。そういえばヴァンパイアの殆どは黒髪で青い肌だと聞いたことがある。実際デミを囲んだヴァンパイアもほとんどがその特徴だった。


「混乱しているようだな、いいか?質問するぞ、お前はどこの誰だ」

男は聞く、敵意はもう・・・いやあるが先ほどよりは大丈夫そうだ。デミは素直に答える。

「えっと・・・私はデミ・テールです、16歳でナーカの出身・・・です」

「ナーカ・・・」

男は黙り込んだ。何かを知っているような感じだった。

「その、私どうなっているのですか?なんか・・・」

男は無言でひじに装備している鏡の盾をおろしデミに差し出した。

やはり髪は大部分が黒くなっていた。鏡で見て右の頬に青い斑点がポチポチと、犬歯も鋭く大きくなり。瞳の左は今までと同じ青色、右は赤くそして少し大きくなっていた。

もちろん鏡の盾は身だしなみをチェックする為にあるわけではない。光の軌道を捻じ曲げてヴァンパイアを焼くためにある。

盾というが強度はそれほどない。ヴァンパイアを焼けるといっても重いし使用条件も限られるので使わない保安官もいる。


 デミはまるで半分だけヴァンパイアになっているようだった。

ヴァンパイアに噛まれているにもかかわらず意識を保ち、見た目にもヴァンパイアの特徴一部だが現れている。


 ここはナーカの村から川沿いに南にいた河口の港町プロだった。デミも隣町の名前くらい知っている。ヴァンパイアが出るとかで不用意に村を出ることは禁じられているので実際に行ったことはなかったが。

男はチュート・アイレといった。チュートは周りの人を払うとデミを手首つかみ歩き出した。デミは怖くなったが「大丈夫、殺しはしないさ」と優しくなだめた。

デミはひとまず保安官の詰所に案内された。海辺には人が沢山いたのに街の中央はあまり人を見かけない。デミは不思議に思った。不思議に思ったのはそれだけでは無い。通りすがる人がデミを驚きの目で見るのは分かるが意外にも落ち着いていた。落ち着いていたというよりも気にしていられないような感じだった。




「コーヒー飲むかい?」

チュートはデミに聞いた。

「私はコーヒーが苦手なので紅茶があればそれで・・・あ、砂糖は多めで」

・・・・・・

デミは正直に思った。牢屋に入れられてやる会話ではないと。

「その、こんな姿だしヴァンパイアに見えなくもないし牢屋に入れられるのもわかりますけど・・・だいぶ優しいですね。鍵もかかってないですし」

「まあ、驚いたけどさ。話ができるようだし本当は普通に事情を聞きたいところだよ。ただうるさい町長がいてね。なんか文句言われると困るから申し訳ないがそこにいてくれるかね?」

チュートは牢屋の柵越しにトレーをデミに手渡した。ティーカップにスコーン、角砂糖が数個載せてあった。

「・・・これ、なんの茶葉ですか?こんな色みたことがないのですけど」

お茶は緑色をしていた。あまり美味しそうに見えない。

「ごめんな、コーヒー以外はそれしかなくてな。東の国から輸入した茶葉だ。砂糖を入れて飲むのもアリだが砂糖を入れずにブラックで飲むのが通だ。私は大好きだぞ、相棒は好まないのだが・・・」

「ブラックで飲むのが通・・・コレ緑色ですけど・・・」

デミはブラックならぬグリーンで一口飲んだ。苦い、コーヒーとはまた違う苦さがある。なんて表現したらいいのだろうか。たまらずデミは角砂糖を大量に入れた。少しはマシになったが美味しいとは言えない。貿易がさかんであるプロならではの味ということか・・・

デミはこの“緑紅茶”を飲むのを諦めスコーンをもぐもぐ食べることにした。


「で、あんた・・・デミだっけ?ナーカから来たんだよな?流されてきたというべきか、よく無事だったな・・・無事ではないようだが・・・」

「はい、村にヴァンパイアが押し寄せてきたんです。一体や二体ではなく何体も・・・少なくても10くらいはいたと思います。」

「ナーカにヴァンパイアが押し寄せてきたのは知っている、今朝知らせが来た。怖い目にあったな。俺もヴァンパイアは保安官の新米時代に見たことがあるがあの時の恐怖は今も忘れはしない」


保安官は各地で経験を積むため数年に一度移動がある。チュートは初めて担当した村でヴァンパイアの襲来にあった。もっともその時入り込んだのは一体だけだったのだが当時は太陽の剣がなかったのでヴァンパイア一体でも倒すのが一苦労だった。結局チュートはほとんど活躍できず先輩がヴァンパイアを撃退した。彼は怖くて仕方なかったのである。今は平和なプロの町の保安官で心底安心していた、今朝までは。


「ナーカの村はどうなったのですか?何か知っていますか?」

デミは心配そうにチュートに聞いた。チュートはどう答えるか少し悩んだ。ナーカの村は壊滅した可能性が高い。未だに鳩の一匹も飛んでこない。確認しなくてもヴァンパイアタウンになっていることが想像できた。だがそれを彼女に伝えるのは残酷だと思った。もっともヴァンパイアタウンになったと決まったわけではない。憶測で答えるのはよくない、正直に伝えよう。

「ヴァンパイアの襲来自体は聞いている。しかしナーカの村が今、どのような状況かはわからない」


結局伝える意味はほとんど変わらなかった。デミはうつむいてそのままになってしまった。この子だって故郷がどうなっているか予想がつくだろう。


チュートは話題を変えることにする。

「デミ、まさかとは思うが最初からその姿ではないだろう」

「ええ、その・・・ヴァンパイアに噛まれたんです、そしてそのまま川に落ちてここまで流されて・・・」

「噛まれた?噛まれたって・・・それでその姿に?そんな中途半端にヴァンパイアになるなんて今まで聞いたことがないぞ」

チュートも流石に聞いたことがなかった。

デミの話を聞く限り噛まれてそのまま川に落ちた。

ヴァンパイアは川に落ちた衝撃で振り落とされ十分にデミを噛めなかったのではないか。

それとも噛まれた傷口から水が入ったせいではないか。

いや、デミ自身に何らかの・・・


「チュートさん?」

チュートは我に返った。少し考えすぎた、チュートはヴァンパイアを研究することが仕事ではない。あくまでヴァンパイアから人々を守るためにある。ヴァンパイアの研究はキショーにある大学に任せておけばいい。

「ああ、すまん。そろそろ夕方だな、俺はそろそろ動く。頼むからここにいてくれよ」

「え、ええ・・・」

「食事はパンくらいしかないが適当に食べてくれてもいい。飲み物も自由にいいぞ」

「水でいいです」

デミは素直にそう思った。コーヒーも苦手だしあの緑紅茶も勘弁願いたい。



夜が近づいてくる。日は西に、周りはオレンジになる。デミのいる牢屋の窓から夕日が差し込んできた。デミは夕日が好きだった。このオレンジ色が綺麗でしょうがなかった。子供の頃にハルの手を引いてもっと綺麗な夕日を見るために村の丘までよく登ったものだ。今でもその丘はデミのお気に入りの場所である。

 しかしながら大抵の人はむしろ夕日を嫌う、そのオレンジはヴァンパイアが活動を始める合図でもあるからだ。

 

 夜が近づくに連れ流石に街に緊張が走る。既にプロの町では避難が始まり沖に船を出していた。チュートは避難の誘導を行っていた。港町だからといっても船の数は限られている。女子供を優先させて乗せていた。ハリス町長が乗せろ乗せろと無理やり押しのけて乗った。普段は頼りになるのに・・・きっと次の選挙は落ちるだろう。

船に乗れない人たちはナイフや棒などを持って海沿いに待機している。正直いって太陽熱しか聞かないヴァンパイアにこれで対抗できるとは思えないがないよりはマシだろう。

5年前まで保安官は太陽剣なしでヴァンパイアと戦っていた。チュートも保安官になったばかりの頃は長剣と鏡の盾で戦っていた。チュートはその経験からヴァンパイアに遭遇した時の対処を残った人々に簡単ながら教えていた。こういうことはオデよりもチュートの方が向いている。逆に視力はオデの方がある。オデは町の入口の上にある見張り台からヴァンパイアが来ないか監視しているだろう。



 デミは川に流されてからまだスコーンひとつしか食べていない。しかしお腹は空いていなかった。そういえばヴァンパイアは何を食べるのだろう、血液?それとも別の何かだろうか。半分ヴァンパイアになったなら食事にも気を使わないといけない気がしてきた。困ったものである、中途半端にヴァンパイアになるのであれば完全にヴァンパイアになった方がマシだったかもしれない。

 何か食べたほうがいいだろう。そう思いデミは鍵のかかっていない牢屋を出て詰所内を探した。キッチンらしき場所に先ほど食べたスコーンとパンが数種類あった。ここの人は料理をしないらしい。見事に食材といえるものがなかった。飲み物も本当にコーヒーと緑紅茶のものと思われる茶葉しかなかった。デミはフランスパンをひと切れと水を一杯だけもらった。結局それだけでお腹いっぱいだった。そのあとは大人しく牢屋に戻った。牢屋の意味がないし話に聞いた町長とやらもやってこないが・・・



月が出てしばらく経った。町の入口は閉じてある。それほど頑丈ではないので突破される可能性が高いが時間稼ぎはできるだろう。

「そろそろか?」

オデはチュートに聞いた。

「いくらなんでもまだ来ないだろう」

日没からすぐに行動したとしてもここに来るのは深夜だ、それまでは大丈夫だろう。

「それよりもオデ、今は食事だ。食わないと持たないぞ」

チュートとオデは差し入れのパンを食べ始めた。そういえば毎日パンばっかりだな。少しは別の物を食べたほうがいいだろう。そう思いつつも効率の良さからパンばっかり食べてしまう。見張り台から食べるパンはいつものと少し違った。町に人がいないせいなのか周りはとても静かだった。これが嵐の前の静けさというものなのだろう。


「太陽剣は大丈夫だろうな?」

装備品の最終チェックをしていたチュートがオデに聞いた。

「大丈夫だ、まだまだアツアツだぜ。ヴァンパイアなんぞいくらでも葬ってやる」

太陽の剣・・・太陽剣とも呼ばれる赤い剣は太陽石と呼ばれる石から作られる。

太陽石はこの地に古くからある石である。この石は熱を溜め込む性質が有り日中に日向に置いておくと三日はその熱を溜め込んでくれる。その熱は素手で触れば火傷するほど高温である。古くから調理や加工の際に広く使われていたのだがヴァンパイア退治に使われるようになったのは5年程前からである。太陽石の熱もヴァンパイアに対して有効とわかったのもだいぶ時間がかかった上に太陽石自体の加工が難しく剣型に加工するのが一苦労だったのである。加工の都合上刃は持たないがこの太陽剣の効果は絶大でヴァンパイアの撃退率は大幅に上がった。高熱を持つので熱を遮断するオーヤ石でできた鞘に収められる。

鉄の剣と太陽の剣を鞘に収めチュートは鏡の盾を身につける。

「よくそんなものを持つよな」

オデは鏡の盾を持たないタイプの人間だ。

「確かに最近じゃ使わないがな。だがもっておいて損はないだろう」

「武器や防具は多く持っていればいいというものでもないだろう。それに鏡の盾は朝にならないと使えないぞ、朝になっても片付けられないのはタイムオーバーな気がするが」

「確かに時間がかかるのは勘弁願いたい。浜辺に残っている人たちにも影響が出る。それに奴に怒られちまう」

“奴”とはハリスのことである。チュートは今回のことでとことん彼に失望していた。彼だけでなく町の人たちもそう思っているだろう。ヴァンパイアさえ退治できれば彼も元に戻るだろうが。



それからしばらく経つ、時刻は深夜。ヴァンパイアは今日来る可能性があるとは言っても確実に来るとは限らない。出来る限り一度も来て欲しくないのだが・・・そうはいかなかった。目のいいオデが先に見つけた。

「きやがった」

チュートは目を凝らす。少し遅れてチュートもヴァンパイアが確認できた。

「これは・・・」

思わずチュートは声を漏らした。予想以上にヴァンパイアの数が多かった。デミの話にはナーカの村には少なくても10くらいと聞いていたが・・・

「数、16・・・これはやべぇ・・・」

オデの顔が引きつっている。それはチュートも同じだった。

想定外だ。ナーカ程には来ないだろうと思っていたがこれ程とは・・・

「オデ、鐘だ!鐘を鳴らせ!」

チュートは見張り台から町の外に飛び降りる。オデは力いっぱい鐘を鳴らした。オデもチュートに続いて飛び降りる。町の入口は閉まっているので簡単には引き返せなくなるが町に入られるわけにはいかない。

チュートは雄叫びをあげる。

「ここで食い止めるぞ!町に一体も入れるな!」

オデは答えた。

「そんなのわかっている!命に変えてもこの町は守る!!」

プロ町の二人の保安官は同時に武器を構えた。右に鉄の剣、左に太陽の剣を。

この町における初めてのヴァンパイアの夜が始まった。


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