第一話 鐘の音
「行ってきます」
村中の人が見守る中、馬上のその少年は言った。彼は保安官候補生の制服に身を包み鋼の剣と太陽の剣を下げ、ひじには鏡の盾を装備している。
「ああ、ハル行ってこい」
ハルの父親であるバルトは胸を大きく我が息子を見送るため堂々と声をかけた。横にいるハルの母親は言葉が出せないくらいに泣いてしまっている。
「デミ、行ってくるよ。保安官になるためにね」
「途中でへばって帰ってきたら許さないんだからね」
彼女、デミはハルに言った。デミはハルの幼なじみである。
「母さん、立派になってくるよ・・・だから・・・行ってきます」
「もういい・・・保安官を目指すのであれば止めはしない、でもいいかい?私とお父さんよりは長生きするんだよ。」
「うん・・・」
保安官・・・それはその名の通りに村や街の安全を守るための人たちである。しかし、20年ほど前からその存在は変わっていった。その原因はヴァンパイアの登場である。
初めのうちは鼠や小鳥などの小さい生物で発見された。その時はそれほど驚異ではなかったのだが次第に犬や馬などのヴァンパイアも見られ遂に人間のヴァンパイアも現れてしまった。ヴァンパイアは対象を噛むことで仲間を増やす。持久力はないが瞬発性やパワーは増しており厄介なことに太陽の熱以外で倒すことができない。もちろん夜行性である。
保安官はこのヴァンパイアの襲来に対しても対応することになり今もっとも危険な職業として認知されている。
「行くぞ、そろそろ行かないと途中で夜になっちまう」
この街の保安官であるルメルが馬を村の門に向ける。このナーカの村から北にいって森を抜ければ保安官学校のあるジョヴォルの街があるのだ。
「うん、じゃあ行ってくるよ!」
ハルとルメルは馬を走らせそして村を出て行った。
デミは昔のこと、ハルを遊んで・・・いや、引っ張り回して遊んでいたことを昨日のように思い出していた。やんちゃだったデミに比べおとなしかったハル、そのハルが保安官を目指すなんて昔は考えられなかったであろう。村人がパラパラと帰っていく中、デミとそしてハルの両親は最後まで見送っていた。
その夜のことである、晩御飯を父親と食べていたデミはなるべく聞かないでおきたかった音を聞くことになる。
ゴーンゴーン・・・ゴーンゴーン
重い鐘の音・・・ナーカの村の人たちに避難を知らせる鐘の音である。
「カブンさん!デミちゃん!早く早く!もう村の中までヴァンパイアが来ている!」
隣に住んでいるおじさんがドアを激しく叩く。
「デミ!急げ!村の南に行くんだ!」
デミは急いで父親であるカブンと共に一緒に家を飛び出た。
ヴァンパイアの襲来時、村人は村の南側に避難することになっている。なぜ南側というとこの周辺のヴァンパイアはナーカの村の北にある森に潜んでいるからである。その森は木々がうっそうと茂り、昼間でも暗いので太陽熱に弱いヴァンパイアでも一日中過ごせる。
このように森や洞窟などのヴァンパイアの隠れる場所を保安官たちははヴァンパイアスポットと呼んでおり、ヴァンパイアの行動の推測などに使われる。この村は壁を村の周囲に巡らせヴァンパイアの侵入対策をしているが村の北側は特にそれが厳重である。
デミ親子はとにかく南に走った。その途中既にヴァンパイアに噛まれてしまったのだろうか顔見知りの人が倒れている。数分もすればヴァンパイアになってしまうのだろうか・・・
突然、走る2人の横の扉が突然倒れた。すぐ横を走っていたカブンが倒れてしまう。
「お父さん!!」
デミは叫んだ、カブンは急いで立ち上がろうとする。
それと同時に倒れたドアからヴァンパイアが飛び出しカブンの首を噛み付いてしまった。
再びカブンは倒れる。デミは父親であるカブンのもとに駆け寄りたがったがそのヴァンパイアは目をデミに向けていた。デミは思わずたじろいてしまった。「今は逃げないと・・・」
デミは振り返る。しかしそこにはヴァンパイアが既に数体デミを睨んでいた。街に入り込んだヴァンパイアは一体や二体どころではなかったようである。
デミはヴァンパイアの間を縫って駆け出した、全力で。
そのまま駆け出したところ街の東にある谷に出た。谷といってもさほど深くはないがその底を流れる川の流れは激しく落ちたらただでは済まない。
先ほどのヴァンパイアだろうかそれとも違うものであるか、10体にも及ぶヴァンパイアが少しずつデミを囲み始めていた。ヴァンパイアは力こそ人間以上だが襲う時や危険を感じたとき以外はゆったりと鈍い、デミに向かうヴァンパイアたちもゆっくりゆっくりと迫ってくる。それが逆にデミを恐怖の中に引き込んでいった。デミは遂に座り込んでしまった。
もうすぐそばまで迫っているこの状況では逃げようがない。遂にヴァンパイアの一体がデミに噛み付こうと飛びついてきた。デミは叫ぶ、叫ぶ叫ぶ叫ぶ。
彼女はとっさに背後の谷に飛び出した。大怪我はするだろうし溺れ死ぬかもしれないがヴァンパイアになるよりも数段マシである。運が良かったら生きていられるだろう。
デミは落ちていく、しかし落ちていったのはデミだけではなかった。
先ほどのヴァンパイアが飛び出したが勢い余って谷に落ちてきたのである。そして水面にデミが落ちる瞬間、彼女の右手首にヴァンパイアが噛み付いた。
デミはそのあとバッシャーンと水面に叩きつけられる音しか覚えていない。