Episode 2-5 =資料館の戦い=
またまた投稿が遅れてしまい、申し訳ありません(汗。
こんな情けない男ですが、必ず完結させますので、どうぞこれからもおつきあい下さいますよう、お願いします。
「見たところ、普通のお嬢さんって感じだが……なるほど」
ニヤリ、と意地の悪い笑みを浮かべる虚。
彼が今感じているのは、目の前に対峙している少女、桜井由愛の体からあふれる、殺意が濃く色づいた魔力だった。
「その物騒な気と言い、さっきの変装魔術の完成度と言い……中々骨のある魔術師みてぇだな」
ゆっくりと、品定めをする様に自身の体を見回す虚にも、由愛はなお動こうとしない。
ただ、時間に身を任せたまま、虚を睨み付けるだけだった。
そんな彼女に、虚は一つ溜息を漏らす。両手を腰に付けると、呆れた様子で由愛を見据えた。
「さて、アンタは何が目的で魔法陣を狙ったんだ?」
「…………貴様、何故私の変装を見破る事が出来た?
容姿、口調、雰囲気。全てにおいて完璧に化けていた筈だ」
「質問に質問で返すんじゃねぇよ……」
うんざり、といった様子でわざとらしく肩を落とす虚。
だが由愛は意にも介してはいない様で、虚の返答をじっと待っていた。
勿論、体中からあふれ出る殺気を止める事はないが。
「ったく。親の顔が見てみたいもんだ。
にしても、何故かって言われてもな………………勘?」
「バカにしているのか?」
さらに濃く色づいた殺気に、虚はあわてて両手を振った。
「おいおい、そう怒んなって。俺としては、かなり真面目に答えた結果だぜ?」
虚の弁解にも、由愛は納得した様子はない。
参った。この少女は、自分が納得する理由を口にしない限り、殺気を収める気はない様だ。
しまいには、このまま問答無用で斬りかかって来る可能性も高い。
面倒くさがりの虚にとって、それは避けたい未来だ。できるだけ平和的に解決し、由愛にこの魔法陣から手を引いてもらう。それが、虚の想起する最善の未来だった。
仕方ない、という風に肩を落とし、虚は右手を顎に当て、考え込む様な仕草を取る。
「うーん、そうだな……確かにアンタの言うとおり、外見や雰囲気は完璧に変装出来ていたと思う。
口調に関しては、俺はあの人と話したことねぇから、何とも言えないがな」
由愛の殺気が、少しだけ薄らいでいくのを、虚は感じた。
どうやら取りあえず、すぐさまの交戦は避けられたようだ、と虚は内心安堵する。
「強いて言うなら……『匂い』、かな」
「……匂い?」
怪訝そうに目を細める由愛。
虚はなおも続ける。
「あぁ。昼にあの人達と会った時、旦那さんの方からかなり強いタバコの匂いがした。おそらくヘビースモーカーなんだろうな。
旦那さんが出てって、奥方とすれ違った時も、かすかだが同じ銘柄の匂いがしたよ。
だが、今奥方と出会ってみりゃあ、あら不思議。さっきまで感じていたタバコの匂いが消えていた。
入浴でもしたのかと思ったが、それにしちゃあ、服は今朝と同じ。しかも服に付いている筈のタバコの匂いもない」
淡々と、変装魔術の粗を指摘していく虚を、由愛は内心驚嘆しながら聞いていた。
この男は、自分とエリナとの違いを『匂い』だけで判断した、というのか。
確かにエリナの体からは、この資料館の経営者と同じタバコの匂いは染み付いていたが、それはほんのかすかだった。
普通の人間が気付くはずもない―――――否、気付けないほどの薄い香り。
由愛が改めて突き付けられた、道化師の異端性。
道化師の尋常ではない強さは噂で聞いてはいたが、これほどまでとは。由愛は驚きと共に、感心を隠してはいられなかったのだ。
「変装魔術には粗がある。それは修行次第でどうとでもなる事だが、匂いまで完璧に真似るには、自力で何とかするしかない。アンタの変装魔術は大した完成度だったが、少し詰めが甘かった。覚えとくんだな」
はぁ、と溜息を付き、説明が終わった事を示す虚。
話をすべて聞き終えた由愛は、少し間を空け、やがて呟いた。
「……まるで犬だな」
「ひどい言われ様だ。俺はれっきとした人間だと、自分では思ってるがね。
それにさっきも言っただろ? 昔から感覚が鋭いって」
どこかおどけた様子で、虚は言う。それが、由愛には気に入らなかった。
さっきから、大量の殺気をぶつけていると言うのに、眼前の青年は意にも介していない。いや、気付いてはいるのだろうが、それでも今のように、どこかふざけた調子で接してくる。
道化師の異端性は、先ほど身に染みて突きつけられている。
だからこそ、今までの常識が全く通用しない『道化師・曽根崎虚』と対峙しているからこそ、由愛の中の不快感は募りゆくばかりだったのだ。
「さて、お前さんはこれからどうするんだ? 変装魔術は見破られた。戦闘になれば、他の警備員も騒ぎを聞きつけて来るだろう。
悪いことは言わない。このまま引いてくれないか?」
「………そんな申し出、受けると思ったか!!」
刹那、由愛の体は虚の前から消えた。
否。消えたかと思えた。
それほどまでに、由愛の移動速度は速く、虚ですら、一瞬見失ってしまったほどだ。
虚は目を見開くと、由愛の手に構えられた短刀を捉え、すぐさまその場から身を引く。
次の時には、すでにその短刀は、元々彼の立っていた場所へと突き刺さっていた。
「聞く耳なしかよ。活発なお嬢さんだな……。
さっき休憩くれるって言ったのは嘘か?」
「あぁ、くれてやるさ……地獄でゆっくり休んでいると良い。
次はちゃんと人間に生まれ変われる様、神様とやらにお願いしておくんだな」
「だから、俺は元から人間だっての」
軽口を返す虚だったが、それとは裏腹に、内心では目の前の少女の身体能力に、少なからず驚きを隠せないでいた。
彼自身、特に視力が優れているというわけでも、移動速度に特化しているというわけでも無いのだが、今まで歴戦の猛者たちと戦って来た経験から、ある程度のスピードには難なく付いていく事が出来た。
だが由愛の場合、その猛者たちの中でも、トップクラスの速度と言っても過言では無い程の速度を誇っていたのだ。
(まだ若いお嬢さんみたいだが、なるほど忍をやっているだけの事はある……。移動速度という点だけなら、クロウにも引けを取らないか?)
思わず、破壊の十字架を持つ手に力が入る。
この少女は、戦う相手としては厄介な部類の人間だと、虚は直観で感じていた。
「……何を考えている?」
攻撃を避けた後、何の動きも見せない虚に、由愛は若干不快そうに問う。
「別に……今晩の飯は何かと思ってな」
「まだ軽口をたたく余裕があるか……」
直後、わずかなランプの光に照らされた由愛の影が、若干の動きを見せた。
その光景に、虚は思わず目を細める。
動きを見せた由愛の影に対し、本体である由愛自身が、全く動いていなかったからだ。
「冥土の土産に、私が一番嫌いな人種を教えてやろう……それはな」
一端言葉を区切ると、由愛は虚をさらに鋭い眼光で睨み付けた。
「お前の様な……何を考えているか分からない奴だ!」
刹那、由愛の「影」が新たな動きを見せた。
先ほどまで一定の「長さ」を保っていた「影」が伸び、虚の体を鞭の如く打ちつけて来たのだ。
虚は咄嗟に右手を上げ、破壊の十字架でその「影の鞭」を払いのける。
すると、その影は瞬く間に灰と化し、再び由愛の膝元へと舞い戻った。
その光景に、由愛は怪訝そうな表情を浮かべ、虚の右手にしまわれた十字架に目を向ける。
「面白い十字架だな……さっきから、こちらの魔術を全て消し去ってしまう。
――――――まるで、魔術を喰っている様だ」
「中々察しがいいな。その通りだ。コイツは『破壊の十字架』」と言ってな。魔術を封じ、魔術を喰らう十字架だ」
由愛の前へと破壊の十字架を突き出し、虚は彼女の仮説を肯定する。
既に気付かれている今、この十字架の効力を隠していた所で、何の意味も持たない。そもそも虚は、それを隠しているわけでも無いのだ。
「魔術を封じ、魔術を喰らう。か……ならば」
由愛は再び短刀を握り直し、身をかがめる。明らかに、こちらへと走り寄ってくる態勢だ。
彼女の速度を身を持って感じている虚は、破壊の十字架を構え、迎え撃つ態勢を取る。
「魔術を使わなければ良い……それだけの事だ!」
直後、再び由愛は、虚との間合いを詰めるために走り出す。
速度は先ほどから変わっておらず、音速を超える程の凄まじい勢いで、虚に接近して来た。
ガキン―――――ッ!!
金属と金属がぶつかり合う音が、資料館に木霊した。
だが……その音は、由愛の予想外の形で鳴り響いていた。
短刀をふるったのは、間違いなく由愛である。だが、虚は何も動いていない。
おそらく虚すらも、この状況を予想できなかっただろう。
この空間における、最大のイレギュラー。それは、虚と由愛の間に割って入った、とある「闇」の存在だった。
「……貴様はッ!」
人型をした闇を睨み付ける様に見据え、由愛が呟く。
虚は一瞬、目を疑ったものの、その闇の正体を知ると、目を細める。
「お前か……クロウ」
由愛の短刀を受け止めたのは、右手に日本刀を逆手に構えた、統率機構の忍「クロウ=アルバート」であった。
「―――――曽根崎虚」
クロウは黒髪の隙間から由愛を睨み付けながら、虚に声をかけた。
いつも通り、小さく囁かれた言葉に、虚は「なんだ?」と答える。
「―――――こやつの相手は、私が引き受ける。
すまないが、貴殿は傍観に徹してもらいたい」
「構わんが……やっぱ気にしてるのか? 取り逃がした事」
「―――――そんな事はない、と言えば嘘になるが、最大の理由は……」
由愛の体を徐々に押し返しながら、クロウは答える。
口元が隠れ、表情は読めない。だが虚には、クロウの背中がいつもと違って見えた。
まるで―――――
「――――――こやつの力量を、少し確かめたくなった」
楽しそうな子供の背中の様に、虚には見えた。
「…………そういう事なら、別に構わねぇよ。存分にやんな」
優しく微笑みながら言うと、虚は二人から距離を取った。
それを横目で確認すると、クロウは一気に力を込め、由愛の体を押しのける。
「――――――娘」
「何だ」
宙返りの要領で受け身を取り、警戒した様子でクロウを睨みながら、由愛は答える。
「―――――貴様の名を知りたい」
「……由愛だ。桜井由愛」
「―――――由愛、か……私は統率機構諜報部隊所属の忍、クロウ=アルバートだ。
全力で来い。貴様の力量、私が試してやろう」
日本刀を構え、クロウは言い放つ。
それを受け、由愛もまた、短刀を構えた。
二人の様子を見守る虚は、ある事を確信していた。この勝負は、次の一撃で一切合切決着がつくだろうと。
おそらく由愛は、今持っている全ての力を、クロウへとぶつけるだろう。
そしてクロウも、全力を持ってその一撃に答える筈だ。クロウはそういう性格なのだ。
「そうか。ならば……この一撃で、全てを終わらせてやる!」
直後、由愛の「影」が、新たな動きを見せる。
虚に見せた、単調な動きではない。由愛の周りを、主人の速度に遅れを取らないスピードで回り始めた。既に由愛の周りには、いくつもの「影」が出来上がっている。
かと思えば、その「影たち」は、そのままクロウの元へと飛びかかった。
しかも、ただの「影」ではない。みればその「影」は、人型ではない「ある形」をしている。
それは―――――『犬』。
漆黒の牙をむき出しにし、クロウの体を喰らわんと飛びかかって来るのだ。
「影を操る魔術」である「射影魔術」の中でも、影そのものの形を変えてしまうのは、高度な技術の一つ。それを、まだ20にも満たない少女が行使していると言うのだから、全く大したものだと、虚は素直に感心した。
クロウはと言えば、何の動きも見せず、ただ立ち尽くしているだけだ。
無防備とも取れるクロウに対し、犬たちは容赦なく牙を向く。一匹、二匹と、次々とクロウの体へ向けて牙を突き立てていった。
風は踊り狂い、床は割れ、空気は震える。
由愛の全力を出し尽くした、という言葉に見合った、強烈な一撃だった。
役目を終えた犬たちは、再び一つとなり、人型となって由愛の足元へと舞い戻る。
一面に立ち込めていた砂埃が、徐々に晴れていく。
虚と由愛は、ただ静寂に身を任せ、その光景を見つめていた。
やがて砂埃は、完全に晴れた。
だが―――――そこにあるべきクロウの姿は、忽然と消えている。
「跡形もなく食い殺されたか……」
意識的か無意識か、由愛が小さく漏らす。
落ち着いた口調だったが、その声色は勝利を確信している様に思えた。
クロウの姿はない。クロウの気配も、消え失せた。
これを食い殺されたと捉えず、何と捉えようというのか。
だが――――ここで由愛に誤算が一つ。
その誤算の答えが、虚には分かっていた。
「お嬢さん……由愛、とか言ったか?」
「何だ、道化師。そう急かさなくとも、次はお前を、あ奴の様に葬ってやる。塵も残さずに、な。」
「いや、俺はまだ死ぬ気も無ければ、アンタに殺される気も更々ない。
一つ忠告なんだが……クロウを常識で考えちゃいけないぜ」
一瞬、由愛が目を細める。
それと、由愛の誤算が清算されるのは、ほぼ同時だった。
不意に由愛の背後に現れた、一つの「気配」。
その気配の正体を、由愛は知っていた。
これはあの時の――――以前この資料館に忍び込んだ時に感じたものと、全く同じだ。
全く同じ―――――絶望的なほどの「闇の気配」だ。
「―――――こんなものか」
由愛の背後からその声が聞こえた直後、由愛の後頭部に鈍痛が走る。
由愛は一瞬目を見開くと、やがて痛みにその目を細めた。
徐々に薄れゆく意識の中、由愛は目線を背後へ回していく。
そして、日本刀の柄尻をこちらへ向け、見下す様に睨み付けているクロウを見た所で、彼女の意識は、闇の中へと溶けて行った。
ぱち、ぱち、ぱち……。
乾いた拍手の音が、資料館に響く。
「相変わらず素晴らしい腕だな、クロウ」
意識を失い、前のめりに倒れそうになった由愛を受け止めているクロウに、虚は感嘆の意を示す言葉を投げかける。
クロウはチラリ、と虚を一瞥すると、由愛の体を抱える。
「―――――大した事ではない。私はただ、成すべきことを成しただけだ」
「相変わらずだな。しかし……そのお嬢ちゃん、まだまだ未熟だが、中々良い腕を持ってるじゃないか。その年でそんだけ射影魔術を使いこなせるなら、大したもんだ」
クロウの両腕で眠る由愛を見つめ、虚は呟く。
クロウもその姿を一目見ると、
「―――――そうだな」
と、一言呟いた。
今日のクロウは、普段より若干饒舌だな。
虚がそう感じた直後。
「ひっさしぶりやなぁ、道化師はん」
虚の耳に、久しく聞いた関西弁が木霊する。
そちらに目をやると、予想通りの人物が一人と、その傍らには、あの事件以来あっていなかった、一人の少女の姿があった。
「オズか、久しぶりだな。相変わらず、胡散臭い関西弁を話す」
「えー? 胡散臭いかぁ? 結構上達した方やと思てんねんけどなぁ……」
苦笑を浮かべる青年、オズ=シャドウエッジを尻目に、虚は傍らの少女へと目を向けた。
「姫さんも、何だかんだ久しぶりだな」
「っ! え、えぇ……お久しぶりです」
虚に声をかけられた少女、シャーリー=ローレライは一瞬戸惑った様に見えたが、すぐにいつもの整然とした態度を返す。
やはりあの事件の結末もあり、少し気まずい様だ。
「クロウ、お疲れ様です……今回は、無事に彼女を捕まえられた様ですね」
「――――――はい」
労いの言葉を賜ったクロウは、自身の主人へ向けて会釈をする。
「―――――では、私はこれより、この娘を本部へと連れて行きますので、失礼いたします」
「えぇ、お願いします」
「曽根崎虚、シャドウエッジ殿も、失敬致します」
「おー、お疲れさん」
へらへらとした様子のオズに労いの言葉を受けた後、クロウは忽然とその姿を消した。
相変わらず、仕事の早い男だ。
「あー何か疲れた。じゃあ、俺も帰るとするか」
「悪いけど、そうも言ってられへんねん。道化師はん」
二人に踵を返し、その場を去ろうとした虚を、オズが呼び止めた。
「何だよ、まだ何か用か?」
「んー本当は一般市民を巻き込むんは、あんまようないんやけど……今回の事件の詳細について、道化師はんには話しとこ思てな。もう結構、首突っ込んでもうてる見たいやし」
直後、虚はうんざりした様に肩を落とす。
また自分は、知らず知らずの内に面倒事に巻き込まれてしまったらしい。
自分をこの事件に巻き込んだ間接的な要因であるルイとチェシャ猫の顔が、虚の脳裏をよぎる。
帰ったらどう落とし前をつけてやろうかと、虚は一人、考えていた。