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Joker  作者: ken
第二章 ~夜舞蝶~
20/23

Episode 2-4 =大魔術師の破片(カケラ)=

 ルイス南方にあるくだんの資料館では、今日も今日とて厳重な警備体制が敷かれていた。

 最近になって現れる様になった、この辺りで宝物を狙う盗賊。その正体については先日、統率機構より「十代半ばの少女の姿をした忍」と報告されている。

 今回の警備には、統率機構側も先日以上の手練れを用意していた。依頼主である、今朝Paradoxを訪れていた男性の懇願と言う事もあるが、彼らの最もたる理由は、先夜のクロウの一件による所が大きい。

 何せ、あの(・・)クロウ=アルバートが取り逃がしたのだ。彼自身、盗賊少女を「未熟」と称してはいるものの、統率機構からすれば、忍としては世界最高峰の能力を要するクロウが目的の獲物を取り逃がすなど、一大事である。

 同時に、これ以上その様な失態を犯しては、統率機構の信用やイメージが崩れ、彼らに良い印象を持っていない民たちによるクーデターにも繋がる可能性がある。

 そこで統率機構が用意したのが、クロウ自身が現時点で唯一「自分より忍として優れている」と認めている隠密部隊ダイア統率者「オズ=シャドウエッジ」と、クロウが全幅の信頼と忠誠を置く首斬り女王「シャーリー=ローレライ」だった。

 本来はオズと、「統率機構最終兵器」として違法魔術師から恐れられている「ライト=レグノック」がこの任務を遂行する予定だったのだが、彼は現在「ウォング」、科学の時代で言う「アジア地区」で起きた中規模な戦争を止めるためにインネオを離れており、彼の強い推薦もあってシャーリーが赴いたのだ。

 そして、そのシャーリーと共に現在資料館警備の任務に当たっているオズはと言うと――――


「ふぁ~あ……ねっむ」


 資料館の屋根の上で胡坐をかき、大きな欠伸をしていた。

 誰かが見ていなければ、このまま深い深い眠りの国へと旅立ってしまう事だろう。

 尤も今は、傍らに立っている殺気の塊――――もといシャーリーの存在がそれを許してはいないのだが。

「全くアナタは……もっとやる気を出してください、シャドウエッジさん」

 怒りも含まれたシャーリーの言葉を聞くと、オズはいきなりケタケタと笑って見せた。

「俺は任務の時は、いつでもやる気満々やで?」

 嘘つくな! とシャーリーは心の中で怒鳴る。

 オズが気合いを入れて任務に望んでいる姿など、シャーリーだけでなく他の誰も見た事が無いだろう。

 彼を慕うダイアの隊員たちや、彼の力を認めるクロウすらも、オズのやる気のなさには呆れと諦めを抱いているほどなのだ。

「まぁ、あんまり気負いすぎると疲れるやろ?

 それにいつもかもピリピリしとったら、体から溢れる気を感じ取られる可能性も無きにしも非ずや。忍びを相手にする場合は尚の事な」

「それは……まぁ確かにそうですが……」

 そこを突かれては、シャーリーも思わず口ごもる。

 オズはケラケラと笑うと、よいしょっと、と口に出して立ちあがる。

 そして一度大きく背伸びをすると、夜空へとその紅の双球を向けた。

「それに、今回の任務かて俺やシャーリーはんだけちゃう。

 依頼主が集めたっちゅう有志もおるし、何より俺らんトコの隊員達なかまもおる」

 それとも、と言葉を続け、オズはシャーリーに視線を移す。とても優しく、穏やかな印象を漂わせる表情を浮かべ。

「それともシャーリーはんは、自分トコの隊員の力が信用出来へんとでも言うんか?」

「っ! 断じてそんな事は……」

「でも、シャーリーはんを見とったら、アンタんトコの隊員にもそう受け取られてまうで?」

 思わず、シャーリーは言葉をのみ、唇を噛んだ。

 オズはぼりぼりと頭を掻くと、シャーリーに目線を合わせる。

「シャーリーはん、アンタは少し、自分で抱え込みすぎや。

 自分の信念貫き通すんはえぇけど、何もかも自分でやろうとするんやのうて、そのアンタの信念に付いて来てくれとる隊員にその一部を任せてみるっちゅう事も、統率者として大切な事なんやで」

 いつも通りヘラヘラと笑っているオズであったが、その言葉はシャーリーにとって、鉛の様に重みがあった。

 隊員たちの事を信頼していないわけでは無い。

 クロウを始めとして、自分には優秀で誠実な者たちが付いてくれている事も、それによって自分という存在が確率されているのだ、という事も、しっかりと理解していた。

 そう、思っていた(・・・・・)

 だが、もしかするとそれは、ただのシャーリー(じぶん)の思い込み、単なるエゴだったのかも知れないと、シャーリーは思う。

 心の何処かで、自分以外信用できない、と言う感情があったのかも知れない。

 もし本当に、心の底から隊員かれらを信頼しきっていたならば、今のオズの質問にも、間髪入れずに否定の意を返せたはずなのだ。

 だが彼女は、その返答に行き詰ってしまった。 

 彼女が隊員たちに抱いていた信用など、最初からその程度だったのだ。

「まぁ、まだ19才なんに統率者やらされて、ちゃーんと自分の信念もって行動出来る事自体、大した事やけどなぁ。

 俺やったら色んな事に手一杯になって、アンタみたいに出来へん思うし」

 ケラケラと笑うオズは、いつの間にかいつものそれに戻っていた。

 だが、シャーリーは何も答えず、しばし黙した後、ゆっくりと顔を上げ、オズを見つめる。

「シャドウエッジさん……確かに私は、少し気負いすぎていたのかもしれません」

 ですが、とすぐに続けると、シャーリーの瞳に強い意志が籠り、次の瞬間、右手に持っていた大鎌をオズの首もとへと突きつけた。

 そこから伝わる確かな決意とかすかな殺気に、オズは思わずキョトンと目を見開いた。

「これだけは言えます……私は自分の隊員なかまを傷つける者がいたならば、迷いなくこの刃を振り下ろすでしょう。例え……相手が誰であっても」

 しばし、二つの陰が無言で見つめあう。

 月明かりは彼らを照らしたまま、傍観を決め込んで見守っていた。

 二人の間をすり抜ける風が、二人の髪を揺らす。

 やがてその風が吹き抜けると、オズはフッと微笑んでみせる。

「そら、おっかないなぁ……俺も気を付けなあかんわ」

 冗談交じりに言うオズに、シャーリーもやんわりと微笑み、ゆっくりと鎌を下ろした。

「まさか、アナタから教えられるとは思っていませんでした」

「俺も、自分が人に何かを語るなんて思っても無かったわ」

 そう答えるオズに、シャーリーは不意にむっとする。

「しかし、それにしてもアナタの態度は少し目に余ります。

 いくら仲間を信頼しているからと言っても、緊張感が無さすぎます」

 シャーリーの指摘に、オズは一瞬ぽかんとしたかと思うと、やがて笑いの大爆発を起こした。

「アッハハハハ!! それはよう言われるわ!

 おっかしいなぁ……俺は大真面目なんやけど」

「とてもそうは見えません」

 キッパリと、シャーリーはオズの主張に反論する。

 するとオズは、やはりおかしそうに笑って見せた。

「ホンマやって。俺は任務の時はいつでも大真面目やし、やる気満々や。

 特に今回みたいな……任務以外の目的(・・・・・・・)がある日はな」

 シャーリーは眉をひそめ、怪訝そうにオズを見つめる。

「任務以外の……目的?」

「おぅ。言うたやろ? 今回は、依頼主が各地から有志を集めとるゆうて」

 不意に、オズの雰囲気が変わった。

 表情は先ほどまでと同じ、掴みどころのない笑みを浮かべたままだ。

 しかし、その纏う雰囲気は、どことなくぞっとするものがあり、シャーリーは無意識に肩を震わせる。

「もしかしたら……『彼』も来とるんちゃうかなーおもて」

 彼。

 抽象的で大雑把な男性に対する表現だが、それだけでシャーリーには、オズの目的としている人物を特定する事が出来た。

 おそらく、自分を色々な意味で締め付けている存在であり、『彼』の事だろうと。

「最近出張続きで、全然『彼』にうてへんさかいなぁ……久々に会いたいわぁ、ホンマに」

 懇願や期待をかすかに混ぜたオズの声は、星空の中へと溶けて行った。


        ■ □ ■ □  


「っ! っくしゅん!!」

 深夜の資料館の一室に『彼』、曽根崎虚のくしゃみが短く響いた。

「……風邪でもひいたか?」

 鼻をすすりながら言うと、虚は退屈そうに背伸びをする。

 もうかれこれ、三時間近くこの部屋に居座っているのだから、退屈にもなるだろう。

 その部屋と言うのは、先日クロウと少女による小競り合いが起こった、あの魔法陣が描かれた掛け軸が展示されている部屋である。

 何故、単なる一有志でしかない自分が、こんな所に配備されているのか甚だ疑問だが、何でも依頼主の奥方の提案らしい。

 奥方曰く、「あのかたならば、きっと大丈夫でしょう」との事だそうだ。

 まるで、虚が強大な力を持っている事を確信している様な言いぐさだったという。

「何を根拠にそんな事言ったんだか、あの美人さんは……」

 虚は面倒臭そうに頭を掻いて見せると、不意に自分の真後ろにあった、例の掛け軸を見つめる。

 そこには三角形を三つ重ねた様な図形と、それをつなぐように二重の円が描かれており、線は銀、背景は黒で塗りつぶされていた。

「見た事ない魔法陣だな……何の魔術に使うもんなんだ?」

 何となく、すっと浮かんだ疑問を素直に口にしてみる。

 だが、当然答えてくれるものなどある筈は無かった。

 それが少し哀しくなり、虚は深いため息を吐く。

「お疲れの様ですね。曽根崎様」

 直後、聞きなれない声が虚の鼓膜を揺らす。

 少し目を細めてそちらを見ると、そこに立っていたのは、朝方にParadoxを訪れていた女性、この資料館の経営者の妻だった。

 確か名は、エリナとか言ったか。

 虚は彼女の姿を認識すると、一瞬より鋭く目を細めたが、すぐに微笑みを浮かべてみせた。

「こんな物騒な時間帯に、こんな所へ来るもんじゃないですよ、奥方」

「あら、ここは私の夫が経営する資料館ですよ?

 その妻である私が様子を見に来るのは、どちらかと言えば自然な事なのでは?」

 あっけらかんとした調子で言ってのけるエリナに、虚は目を丸くした。

「俺が言ってるのはそういう事ではなく、盗賊に狙われる可能性が高い部屋にわざわざ来るなんて危険だ、って事です」

 虚の言葉にも、エリナはくすくす、と上品に笑う。

「アナタが護って下さるでしょう? それに私、一度盗賊さんって見てみたかったんです」

 何という大物だろうか。

 あの依頼主にはもったいない気がするな、と虚は内心思う。無論、声には出さないが。

 エリナはゆっくりと虚の隣へ歩を進めると、彼と同じく、目の前の魔法陣を見上げた。

「この魔法陣は……今から25年ほど前に、まだ科学が現存していた時代に描かれたと言われています」

「そうですか。どーりで一度も見た事ないわけだ」

 やれやれ、とわざとらしく両手を上げる虚に、エリナはおかしそうに微笑む。

「用途は未だに不明。何かの魔術を行使するための媒体なのか、それとも、もっと別の意味を持つものなのか……」

「魔術行使のための媒体、と言うのが一番しっくり来ますけどね」

「その通りです。しかし……」

 そこで言葉を切り、気まずそうに俯いてしまった。

 虚はしばしその姿を見つめると、再び魔法陣へ視線を移す。

「どんな方法を試しても……この魔法陣を発動させる事は出来なかった」

 エリナは、ゆっくりとその言葉を首肯する。

「――――『ルイス=ミクレール』」

「え?」

「この魔法陣は、彼女が描いたものだと言われています。

 曽根崎様……ルイス=ミクレールは御存知ですよね?」

 当たり前だ、と言わんばかりに、虚は首を縦に振った。

 ルイス=ミクレール。

 第三次世界大戦中に、イギリス軍に所属し、最前線で戦っていた偉大な大魔術師の名だ。

 ありとあらゆる魔術を行使出来た上に、独自に協力な魔術を開発していたと言われている。

 日本で起こった大規模な戦争への参加中に戦死したそうだが、その功績は今なお人々の心に多大な影響を与え、ここ、ルイスの地名にもなった程の人物だ。当然、虚も知らない筈がない。

 どれだけ歴史などに疎い人間でも、彼女の名は知っているだろう。

 戦時中に活躍した『三大魔術師』の中の一人だ。

 その彼女が描いた魔法陣であるという事は――――

「ルイス=ミクレールが独自に開発、行使していた魔術に使用していた、と考えるのが妥当ですね」

「えぇ……」

 となると、これは相当な価値がある代物という事になる。

 そんな物を目の前にしていたのか、と思うと、虚は少しこそばゆくなった。

「しかし、この魔法陣を狙う、と言う事は」

「先日、この魔法陣を狙った少女……もしくは少女の主にあたる人物が、この魔法陣を行使する方法を見つけ出した、と言う可能性が高い」

 エリナの言葉に、虚が答えを続ける。

 全く未知の魔法陣を狙い、そしてその使用方法を見つけだしたとなると、その人物が魔法陣の力を悪用する可能性もある。

 むしろ高い、と言っても良い。

「こりゃ、是が非でも守り抜く必要がありそうですね」

 虚の言葉と引き締まった表情に、エリナは思わず噴き出した。

「そんなセリフが言えたんですね、曽根崎様って」

「……俺だって、平和を乱されるような事はゴメンですよ」

 何となくバカにされた気分になり、虚はむっとした風に答えた。

「とても頼もしいです。

 でも、気負いすぎるのは良くないですよ? 少し休まれてはどうですか? その間だけなら、私がこの魔法陣を見ておきますので」

「? 良いんですか?」

「もちろん。こう見えても私、結構強いんですよ?」

 何故だろう、彼女が言うと冗談に聞こえない。

 いや、実際強いのかもしれないが。

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますが……その前に、奥方」

「はい?」

「俺……昔から感覚が鋭いんです?」

 突然語られた虚の言葉に、エリナは面食らった様に、すぐ隣の彼を見た。

 虚は不敵な笑みを浮かべ、しゃがみ込んで右手を床に付いている。

「だから……相手が気配を消したり、姿を変えたりする魔術を行使していても、結構気付いたりするんですよね。例えば……」

「っ!?」

 ――――それは、一瞬の出来事だった。

 突然、虚の右手が発光したかと思うと、床に蒼い魔法陣が現れたのだ。

 そして虚は、その中から彼の愛剣「破壊の十字架(ブレイク・ロザリオ)」を引き抜いたかと思うと、突如それを振り上げた。

 すぐ隣の――――エリナへと向かって。

 だが、エリナは目を見開いたかと思うと、上体をずらしてその剣先を避けてしまった。

 虚が剣を取り出してから振り上げるまで、ものの一秒と掛からない時間だ。

 普通の人間(・・・・・)が、それを瞬時にかわせるわけがない。

 かわせるとしたら……身体能力が著しく高い、例えるならオズやクロウの様な人種のみだろう。

 そして、もう一つ。不可解な現象が起きていた。

 虚の剣をかわしたエリナの姿が、陽炎の様にゆらゆらと揺らめき始めたのだ。

 まるで、「彼女の姿が幻影だ」とでも言うように。

「これは……」

 エリナ――――否、エリナだったモノ(・・・・・)は、驚きを隠せない様に呟く。

 虚は笑みを絶やさず、破壊の十字架を担ぐと、そのモノを見据えた。

「それは、破壊の十字架の効力が働いた事で発生したものだ」

 破壊の十字架の効力。

 それは―――「魔術を食らい、魔術を無力化する力」

 陽炎の様なエリナの姿は、徐々のその姿を消していった。

 そしてその中から出てきたのは、エリナより少し背が高く、東洋系の顔立ちをした、全身を黒く染め上げたあの(・・)少女だった。

 少女の姿を確認した虚は、笑みを消し、睨むように少女を見つめる。

「お前か……クロウが取り逃がしたって言う忍は」

 虚の問いに少女、由愛は答えず、ただじっと虚を見据えていた。

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