Episode 1-12 =道化師は、再び闇夜を舞う――=
虚は唇をかみしめたまま、険しい表情で旧友であり好敵手、そして『世界魔術師統率機構の神童』である彼、ライトを見る。
「ライト……」
低く、数十メートル離れれば聞こえなくなる様な虚の声は、心なしか震えている。
しかし、魔力を持たない人間はもちろん、並みの魔術師ならばそれだけで卒倒してしまいそうな迫力が、そこにはあった。
だが、ライトは未だ小さく煙を立てている右手の拳銃を下ろすと、意にも介さない様に笑って見せる。
「そう睨まないで欲しいねぇ、虚。そもそも統率機構の仕事は、世界にとって害になる存在の駆除だ。
お前も、それはわかっている筈だろう?」
能天気なライトの声に、虚は無意識に足を彼へと一歩踏み出す。
だが、
「動かないでください、道化師」
背後から放たれた女の声によって、それは阻まれた。
いや、正確には違う。
声の主によって虚の首元に掛けられた、大鎌によって。
虚は鈍い光沢を見せる刃を一瞥すると、視線だけを声の主へと向ける。
「……姫さんか」
虚の一言に、IMCS諜報部隊統率者の少女、シャーリー=ローレライは目を細めた。
「より正確に言うなら、『動いても良いですが、首が飛びますよ』」
「おっかねぇな、女王様は」
無表情で言ってのける虚だったが、その声はどこかおどけた雰囲気を纏い、シャーリーの耳に届いた。
三者の間には悠然とした空気が漂っている様に見えるかも知れないが、そこには確かに『静かな殺気』が五月蠅いくらいに立ち込めている。
「虚。お前は変わったねぇ」
不意に、ライトが口を開く。
何の脈絡も無く告げられた一言に、虚は再び視線をライトへと向けた。
「昔のお前なら、問答無用でこの子を……マナ=クラウベルを葬り去っていただろう?
それも文字通り『塵すら残さずに』」
「……何が言いたい」
ライトの声に対する虚の返答は、何処か苛立っている様にも思えた。
ライトは思わず苦笑を浮かべる。
「怒るなって。俺は良い意味で変わったって言ってんだぞ?」
「統制機構の神童から褒められるなんてな。俺も鼻が高い」
自嘲気味に笑い、虚は視線を落とす。
シャーリーによって掛けられた目の前の刃が、まるで自分を嘲笑っているかの様に太陽光を反射しているのを、虚はただじっと見つめた。
ふと、ライトは真顔になり、虚の顔を真っ直ぐに見据える。
「……虚、俺たちを恨むのは勝手だよ。縁を切ってくれても構わない。
だが、俺は自分の行いを悔いる気も無ければ、お前やマナちゃんに謝罪する気も無い。
それだけは、その脳味噌に叩き込んどいて欲しいねぇ」
「何を恨む事がある?」
虚の答えにシャーリーは目を若干見開き、ライトは表情を変えず彼を見つめた。
「俺が俺の信念に従って行動した様に、お前たちもお前たちの信念に従って動いただけだろう。
それを他人の俺が口出しする権利も無ければ、否定する権利もない。お前たちを恨む理由もな」
ただ、と続けると、虚はその瞳を鋭く光らせて、ライトを――――統率機構隊員を睨みつけた。
「お前たちも、一つだけ覚えていてもらいたい。
俺はライト、お前や姫さんの事は嫌いじゃない。むしろ友愛を抱いていると言っても良い。だが……統率機構は別だ。俺は統率機構を……肯定する気はない」
直後、一瞬の静寂。
三人の間の空気が、張り詰めた糸の様に鋭くなっている。
ライトはしばし、無言で虚の瞳を見つめると、やがて淡くほほ笑んだ。
「……だろうねぇ」
さも当然と言った様子で呟くと、ライトはシャーリーを見据え、首を軽く縦に振った。
するとシャーリーもまた軽く首を振ると、ゆっくりと目を閉じて鎌を下ろす。
「ほら、早くしなよ。
死に逝く者の最期、ちゃんと見届けてやりな」
虚はしばしライトを見つめると、やがてゆっくりと歩きだし、倒れ伏しているマナの隣でしゃがみ込み、彼女を抱き上げた。
シャーリーはそれを見下ろしながら、視線をマナと虚一点に集中させたライトの隣へと歩み寄る。
「……わざと、外しましたね。心臓を」
シャーリーの指摘に、ライトは「ハハ」、と小さく笑った。
「結局、冷徹な裁判官にはなりきれないんだよねぇ……俺みたいな『出来そこない』は」
そう呟くライトの表情は、どこか哀しげなものだった。
「ん……」
蚊の鳴くような小さな声を上げ、マナは目を開いた。
視界がぼやける。意識は朦朧としている。もう一度目を閉じたら、そのまま深い闇の中へ堕ちてしまいそうだった。
ぼやけた視界が、ほんの少しだけ鮮明度を上げる。
直後、マナの眼に辛うじて映ったのは、つい先ほどまで彼女の憎むべき相手だった青年、曽根崎虚だった。
胸に激痛がマナの感覚神経を支配する中、後頭部に感じる彼の身体の温もりだけは感じる事が出来る。
「うつ……ろ……?」
間近で聞いていた虚でさえ聞こえたかどうか危ういような声で、マナは言う。
もう話すだけで精いっぱいの状態だ。しばらく経てば、否が応でも闇へと溶けてしまうという事は、彼女自身が一番よくわかっている事だろう。
そして彼女を抱えている虚もまた、それをわかっていた。
「マナ……」
彼女の名を呟くと、虚はゆっくりと目を伏せる。
「―――――すまない」
突然放たれた謝罪の言葉に、マナは残っているわずかな力を使って瞼を開く。
「お前を見守り続けると約束したのに……出来そうに無い」
「はは……そんな……こと……わかってる……わよ」
こんな状況だというのに、マナは笑った。
もう胸の痛みも、自分を抱える彼の温もりも感じない。
自分の視界がまた徐々にぼやけ始めているのは、彼女自身が流した雫によるものだという事も。
「何て……顔……してんのよ……。
そんな顔……され、た、ら……逝き辛、く……なっ、ちゃう、じゃない」
「あぁ、そうだな……悪い。最期の最期で気を使わせたみたいだ」
微笑み、虚は言う。
その表情を何とか見て取る事が出来たマナは、笑った。とても満足そうに―――もう未練が無い、という様に。
「うつ、ろ……私が、先に逝って……すぐに、こっちに来たり、した、ら……承知、しないわ、よ……。 アナタを、殺す、のは……この、私、なんだ……か……ら……」
マナの視界が、心が、ほぼ完全に闇に染められ始めていた。
だが、彼女は、その中の最後の光である虚を、ただ真っ直ぐに見つめる。
震える右手をそっと、虚の頬へと運び、告げた。彼女の――――最後の言葉を。
「だか……ら……生きて……お願い……うつ、ろ……生き……て……」
パタリ、と。
マナの手が力なく地面に落ちる。
それは彼女の身体が、完全に活動を停止した事を物語っていた。
虚はしばし、そのまま静かに目を伏せると、やがて彼女の身体を抱え、立ち上がる。
「ライト、姫さん……頼みがある」
「俺たちに出来る範囲でなら、務めるよ」
ライトの答えを、シャーリーも首肯する。
虚は視線を、眠るように目を閉じているマナへと向けた。
それはとても穏やかで、もしかしたらまた目を開いてくれるのではないかと錯覚してしまいそうなものだった。
「……マナの弔いを、俺に任せて欲しい」
「統率機構の規則の中に、『討ちとった者の首を支配者に献上する』ってのがあるのを知って、頼んでんのかぃ?」
「……あぁ」
シャーリーとライトは顔を見合わせると、やがてライトが優しく微笑み、シャーリーは一旦目を伏せると、すぐにまた開いて虚を見る。
「良いでしょう……支配者には、こちらから伝えておきます」
「……ありがとう」
口元を緩めながら、虚は二人に礼を述べる。
ライトは微笑みを浮かべたまま、一つ息を吐いた。
「さて、俺たちの仕事はここまでだ……帰ろうかねぇ、シャーリー?」
「えぇ……そうですね」
二人の足元に、大きめの転移魔法陣が現れた。
それから吹き荒れる風が二人を運ぶ直前、ライトは虚に告げる。
「じゃあな、虚。またいつか」
その言葉を残し、二人は消えた。
取り残されたのはマナの亡骸を抱える虚と、ステージ上で未だ寝息を立てているルイの二人だけ。
しばし、静寂に身を任せていた虚はやがて微笑み、憎たらしいまでに晴れ渡った空を見上げる。
「あぁ……また、いつか」
虚のその言葉は、誰に向けて放ったものなのだろうか。
それを知る者は、ルイスを見下ろす丘にただ一人立っている道化師と、彼の言葉を溶かした風のみだった―――。
■ □ ■ □
IMCS本部最上階。支配者の私室では現在、今この世界を支配する権利を持った少女が、窓の外に広がる青空を見上げていた。
太陽光を鬱陶しそうに遮る右手の下では、オレンジの瞳が輝いている。
今、彼女の心中を支配しているのは、世間を騒がせている一人の魔術師。
「道化師……か」
その人物の名を口にすると、支配者は窓から離れ、部屋に一つだけ置かれた椅子に腰掛けた。
直後、そのタイミングを見計らった様に、彼女の部屋がコンコン、と短くノックされる。
「……どうぞ」
「はーい、お邪魔しますよっと」
飄々とした様子で入り込んで来たのは、つい先ほど帰還したライトだった。
彼の姿を確認すると、支配者は淡く微笑んでみせる。
「お疲れ様です、ライト――――任務は無事、成功した様ですね」
「えぇ。今回の一連の事件の首謀者『マナ=クラウベル』は、しっかり討ち取って来ましたよ」
ライトの言葉に何処か皮肉めいた印象を受けた支配者だったが、気にせず続ける。
「そうですか……シャーリーは?」
「あぁ、シャーリーなら部屋に戻ってますよ。報告は俺一人で行くから良いって言ったので。
そう言えば、今回の任務範囲外で行動したシャーリーに罰則とかってあるんですか?」
ライトの問いに、支配者は首を横に振って否定する。
「別に良いでしょう。それ以上に良く働いてくれましたし……今回は御咎めなしとしておきましょう」
「……そうですか」
ライトはいつもの様に飄々と微笑み、支配者を見つめる。
対する支配者は溜息を一つ漏らし、ライトを強く凝視した。
「それより……マナ=クラウベルの首が見当たりませんが?」
「そりゃそうでしょうね。だってそんなもの、何処にも無いんだから」
支配者の問いに、ライトはキッパリと答える。
これには思わず、支配者も少し訝しんだ。
「アナタ……統率機構の掟を忘れてはいないでしょうね?」
「まっさかぁ。忘れるわけないでしょう?
でも、親友の頼みだったんでねぇ……断れなかったんですよ」
親友。
その言葉を聞いて支配者が思い浮かべるのは、先ほどまで彼女の心を支配していた青年の顔。
「道化師ですか……なるほど、彼も変わりましたね」
「あ、支配者様もそう思います?」
「えぇ、正確には―――」
一旦言葉を区切り、支配者は続ける。
「甘くなった……と言う感じですが」
淡々と言ってのける支配者に、ライトは苦笑を浮かべる。
「まぁ、良いんじゃないですか、別に。
って言うか、今までのアイツが必要以上に鬼だっただけでしょ?」
「そうと言えない事も無いですね」
「それじゃあ、俺はこれで失礼します」
「えぇ、お疲れ様です」
支配者の労いの言葉を背中に受けながら、ライトは部屋を後にする。
一人残された支配者は、はぁ、と一つ溜息を吐くと、机の隅に置かれている写真に目をやった。
そこには幼い頃の自分の姿と、同じくらいの背格好の少年が映されている。
しばしそれを黙視した後、支配者は哀しげに眼を細めた。
「本当に、変わってしまったのね……アナタは」
支配者が漏らした言葉は誰に届く事も無く、もので埋め尽くされた室内に溶けていった。
■ □ ■ □
マナ=クラウベルによって引き起こされた事件が終結した、その日の夜。
虚は一人、Paradoxの屋根の上で両腕を枕に寝転がり、満天の星空を眺めていた。
マナの遺体は、生前彼女が気に入っていたというあの丘の上に埋葬された。
幸いあの場所はあまり人が立ち入る事が無いため、荒らされる心配はないだろう。
チェシャ猫には、ありのままの事実を話した。
最初は話を偽ろうかとも考えていたが、そうした所で、きっと彼には勘付かれてしまうだろうと感じたからだ。
真実を聞かされたチェシャ猫は、最初こそ目を見開いていたが、やがて哀しそうに目を伏せ
「……そうか」
とだけ答え、それ以上は何も言わなかった。
もしかすると彼には、今回の事件の顛末が、最初からわかっていたのかもしれないと、虚は思う。
事実、彼がマナを問い詰める覚悟を更にかたくしたのは、彼の一言があった事も大きかったのだから。
ルイスの空に散りばめられた星を一人眺めながら、虚は思う。
彼女は自分への復讐を遂げるために、自分たちに近づいた。
だとすると、今までの彼女の行動は、虚やルイ、チェシャ猫の信頼を得るための演技だったのだろうか。
あの笑顔も、あの優しさも、あの母性も……。
ふと、虚の脳裏に、マナの笑顔が浮かび上がる。
ルイと大喧嘩をした朝、彼女が自分に向けて浮かべてくれた、あの笑顔を。
(あんな笑顔……演技で出来るかよ)
一人、虚は思う。
例え彼女の目的が自分を恨み、ルイを殺すための行動だったとしても、あの優しさは、彼女本来の姿なのではないかと。
心では虚を恨み、憎悪しながらも、根底では悪人になりきれない、とても心優しい少女。
それが、彼女なのではないか、と。
思わず虚は顔をしかめる。
その時、聞きなれた声が彼の耳を打った。
「虚……」
久しく聞いたその声に、虚はそちらを見る。
そこには、彼の家族であり大切な存在である少女、ルイが立っていた。
虚は上半身を起こし、彼女へ向けてほほ笑む。
「よぅ、お嬢ちゃん。起きたのか」
「うん……ついさっき」
言いながら、ルイは虚の隣へと腰掛ける。
そしてそのまま、無感情な灰色を夜空へと上げた。
「綺麗……」
虚もまた、再びその視線を星空へ移す。
「あぁ、そうだな」
しばしの静寂が、二人を包んだ。
星は統制の取れていない光を個々に放ち、二人を見つめている。
やがて、ルイがその重い口を開いた。
「チェシャに聞いた……マナの事」
虚は思わず眼を見開き、ルイを見る。
「……そうか」
視線を曖昧に逸らし、虚は呟く。
どうやらチェシャ猫は、ルイに真実を語る事を選択したらしい。
虚も、それを責める気はない。彼女も強くならなければならない。
力だけでなく、心を。真実に屈しない強い心を持つ必要があるのだ。
ルイは視線を落とし、次に闇と同化しているルイスの街を捉えた。
「ねぇ、虚……」
「ん?」
優しく問い返す虚に、ルイは少し目を伏せた。
「マナは……幸せだったのかな」
それはとても素朴で、純粋な問いだった。
だが、虚にとってはその純粋さが、まるで刃の様に感じる。
しばし視線を落とし、思考した後、考え付いた最大限の言葉を告げる。
「……さぁな」
でも、と虚は続け、ルイを見つめる。
信頼し、大切に想う者にだけ向ける、とても優しい瞳で。
「アイツは、笑っていたよ……最期の瞬間」
ルイはゆっくりと顔を上げ、虚を見つめる。
その眼には、多量の水滴が溜まっていた。
「アイツの人生は、決して幸せでは無かったかもしれない。
でも……最期の最期で、アイツは幸せを手にしたんじゃないかって……俺は思いたい」
俺のエゴでしかないけどな、と虚は自嘲気味に微笑んで見せた。
だがルイには、その笑顔がこの星空にも負けないほど輝かしいものに見えた。
虚はゆっくりと腰を上げると、やがて星空を見つめた。
この中に、マナはいるのだろうか。
空に還った彼女は、自分を照らしてくれるのだろうか。
当然、答えてくれる者はいないのだが。
「さぁ、そろそろ戻るか。風邪ひいちまうかもしれないしな」
そう言って、虚は二階へと続く階段を目指し歩き始める。
ルイはその背中をしばし見つめた後、
「虚……」
立ち上がり、彼を呼び止める。
虚は階段のすぐそばまで来た足を止め、振り返る。
ルイの瞳は大粒の涙であふれ、頬にいくつもの水の線路を構成していた。
「虚は……いなくなったりしないよね」
とても脆く、まるで懇願する様に囁かれた言葉に、虚はしばし呆然とする。
しかし、やがて淡く微笑み、告げた。彼の心からの言葉を。
「今いなくなったりしたら、今度こそマナに殺されちまうよ。
それに……今のお嬢ちゃんをおいてなんて、逝ける筈がないだろ」
直後、虚の腹部を小さな衝撃が襲った。
それがルイに抱き着かれた際に起きたものだと知るのに、時間はかからなかった。
「虚……ごめんなさい」
震える体で虚を抱きしめ、ルイは告げる。
ずっと言えなかった、彼女の想いを。
「ごめんなさい。私、本当は虚と喧嘩なんかしたくない。
虚と……離れ離れになんてなりたくないから」
小さく、されど真っ直ぐ強くはなたれた言葉を聞き、虚は微笑んだ。
そしてその銀色の頭に手を置き、優しく撫でる。
彼女の願いは、とても儚いものだ。道化師といっても、不死身なわけではない。いつか訪れる彼女との別れを、避ける事は出来ないだろう。
でも、それでも……今はこれで良い。
今はルイと、チェシャ猫と、レインと……そして、ライトやシャーリーと共にこの世界に存在出来る事が、彼には幸せな事だったのだから。
「お嬢ちゃん……悪かったな、隠し事なんかして」
「ううん……良いの。虚が無事でいてくれたら、それで……良い」
虚がルイの身体を優しく話すと、ルイは真っ赤に染まった瞳を細め――――笑った。
今まで虚も、チェシャ猫やマナやレインも見た事が無いような、最高の笑顔で。
「虚……大好き」
「あぁ、ありがとう」
二人を照らす星たちが、一層強く瞬いた気がした。
まるで二人が仲直りした事を祝福し、安堵している様に。
直後。
何処からか、バァン!! と言う爆発音が響いた。
虚とルイは、音の方向へと視線を向ける。
「……また、か。違法魔術師どもも飽きないもんだな」
「どうするの? 統率機構が沈静化してくれるのを待つ? それとも……」
ルイの問いに、虚は不敵に笑って見せた。
「決まってるだろう? 俺は俺だ。道化師だの何だのと言われようが、俺の信念は変わらない」
一泊おき、虚はルイに告げる。
彼がずっと保ち続けてきた信念を。
「俺は――――人として当然だと思う事をする。命が枯れる時まで」
その綺麗な笑みに、ルイも思わず微笑んだ。
「私も……虚と一緒に行きたい。
虚の家族として……そして、人として」
「……そうか」
虚は視線をルイから爆発音の発生地へと戻す。
「それじゃあ、行くか」
「うん」
Paradoxの屋根に立つ二つの人影は跳ね、ルイスの闇へと姿を消した。
規則を無くしたこの街で、今日も違法魔術師は活動している。
己の欲望を満たすために動く者もいれば、この世界に呆れ果てて動く者もいる。
そんな彼らを、統率機構とは別に、独自に裁く者がいた。
混沌を裏で支配している彼を畏れ、人は『道化師』と呼ぶ。
今日もルイスでは、道化師が夜の闇を支配する様に舞い続ける。
彼の名は―――――『曽根崎虚』。